午夜剧场

慶應義塾

林 栄美子 - 教員インタビュー

登场者プロフィール

  • 林 栄美子

    経済学部 教授

    専門:現代フランス文学、、写真史?写真論、 1977年 慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業、 1979年 慶應義塾大学大学院文学研究科仏文学専攻修士課程修了、 1982年 慶應義塾大学大学院文学研究科仏文学専攻博士課程単位取得満期退学、 1983年 慶應義塾大学経済学部助手、 1990年 慶應義塾大学経済学部助教授、 1999年 慶應義塾大学経済学部教授

    林 栄美子

    経済学部 教授

    専門:現代フランス文学、、写真史?写真論、 1977年 慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業、 1979年 慶應義塾大学大学院文学研究科仏文学専攻修士課程修了、 1982年 慶應義塾大学大学院文学研究科仏文学専攻博士課程単位取得満期退学、 1983年 慶應義塾大学経済学部助手、 1990年 慶應義塾大学経済学部助教授、 1999年 慶應義塾大学経済学部教授

自由な気风と自分で考える力

経済学部での教员生活の思い出

私は昭和36(1961)年に庆应义塾幼稚舎に入学して以来、平成27(2015)年3月に退职するまで、教师としては他校で非常勤讲师をした経験はあるものの、なんと54年间もの时间を庆应义塾ですごしたことになります。とはいえ、庆应の外を知らないために価値観が偏ったり视野が狭くなったりしないよう、出来るだけ外部にも友人を作り、积极的にいろいろなものに触れるように努めてきたつもりです。

庆应で、学生としても教员としても长い间过ごしてきてきたなかで、私が感じる学内の雰囲気の特徴は、规则や义务で厳しく缚り监视されるということがなく、自主的に判断して行动するよう促される、自由な気风ではないかと思います。それはある程度优秀な人间の集合であるからこそ可能な、少々赘沢な环境であるとも言えましょう。しかし、学生としてその中にいると、自由で気楽なようでいて実は、自分をしっかり见つめて、自分のやりたいことを自ら探求し、自らを锻えていかなければならないという、厳しい场でもあったのです。これをはっきりと感じたのは、やはり现代フランス文学の研究をしようと仏文科の大学院に进んでからでしたが、そこで何とか生き抜いていくことができたのは、塾の一贯教育のなかで、その过程なりにそうした环境を経験してきたからこそではないかと考えています。

そういうわけで教员になってからも、どういう授业の场でも、学生たちに自分で考えるように促し、思考する力を研く基础を作るために学ぶのであって、教员はそのために何をどう学ぶべきかを示すのが役目であり、その先は自分次第であることを、ことあるごとに话してきました。考えるには知力だけでなく、感性のアンテナを磨くことを忘れてはならないことも。

そして、そういう场として最も活用できたのは、経済学部の「自由研究セミナー」という讲座でした。これは、今ではどの学部にも设置されるようになった「少人数セミナー」の先駆とも言えるもので、私が就职する少し前から経済学部の日吉の先辈教员の方々が始めたものでした。私自身もその趣旨に賛同し、就职当时から今まで、フランス语の科目と共に必ず担当してきました。教员のほうも必ずしも自分の専门分野に直结したものでなくとも、兴味を持ち続けているテーマを、学生と共に探究することが可能でした。私自身のセミナーでは、考现学的に都市东京を见るという一种の都市论から始まって、主に都市と写真の関係の考察、そしてこの10年くらいは写真とは何か、をテーマにしてきましたが、フランス语の授业においてとはまた违った、学生との出会いが数多くありました。友人ともっと様々なことを议论したり、意见交换をしたりしたいという欲求を持つ学生が、潜在的には结构おりまして、彼らにとっては刺激的な场となったようです。ただ饮んで騒ぐだけのコンパには饱き足らなさを感じるようなタイプの学生たちがこの讲座に集って、夜遅くまで开いている店をみつけながら、夜を彻して(お酒も呑みながら)あれこれ议论し続けたことも何度もありました。无駄と思われるような时间を费やしながらも、自分で考える力を研く场となったことでしょう。こちらも体力も気力も充実していた时期ですから、次の日が朝から授业でないかぎりは、一晩中つきあったものでした。时の流れと共に学生たちの気风も変わり、こちらも身体が衰えて、そこまでやることはなくなりましたが、あのころの热っぽい雰囲気を今でも懐かしく思い出すことがあります。こういう浓い目の雰囲気はあまり庆应的でないと一般には思われているようですし、今の时代の空気もそうしたことを避けようとするところがありますが、程度の差こそあれ、仲间ともっと突っ込んだ话をして、意见をぶつけあってみたいと望んでいるような手応えある学生は、今でもいると私は感じています。

さて私は、庆应を客観的に见るようにしてきましたので、庆应には好きなところもきらいなところもあります。しかし、幼いころから庆应にいただけに、一つだけどうにもしようがないのは、大学のスポーツを见るときは、野球やラグビーのみならず、やはりいつも庆应贔屓で、庆应を応援せずにはいられません。退职してからも、これだけは変わることがないだろうと思います。

(2014年12月取材)

※プロフィール?职位は取材当时のものです。