登场者プロフィール
渡边?幸男
経済学部 教授研究領域 : 中小企業論、工業経済論(日本と中国を中心に)、 1970年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1972年 慶應義塾大学経済学研究科修士課程修了、 1977年 慶應義塾大学経済学研究科博士課程単位取得退学、 1977年 慶應義塾大学経済学部助手、 1983年 慶應義塾大学経済学部助教授、 1990年 慶應義塾大学経済学部教授、 1998年 慶應義塾賞受賞、 1999年 博士(経済学)(慶應義塾大学)、 2004?2007年 日本中小企業学会会長
渡边?幸男
経済学部 教授研究領域 : 中小企業論、工業経済論(日本と中国を中心に)、 1970年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1972年 慶應義塾大学経済学研究科修士課程修了、 1977年 慶應義塾大学経済学研究科博士課程単位取得退学、 1977年 慶應義塾大学経済学部助手、 1983年 慶應義塾大学経済学部助教授、 1990年 慶應義塾大学経済学部教授、 1998年 慶應義塾賞受賞、 1999年 博士(経済学)(慶應義塾大学)、 2004?2007年 日本中小企業学会会長
経済学部の基本科目、工业経済论を担当し、今年度で30年になる。その间、留学等で何年か休んだが、ほぼ一贯して讲义してきた。春学期、戦后日本の工业を题材に、工业をどのように数量的に把握できるか、统计の読み方等を含め绍介する。秋学期は、工业构造を考える际に重要ないくつかを论点として取上げ、この讲义内容は私の研究テーマと大きく重なる。
第1のテーマは、规模の経済性の作用下で、大小様々な多数の公司の社会的分业があるのは何故かである。第2は、下请系列的取引関係を中心に、公司间取引関係の意味である。第3は、产业集积の重要性とその意味の検讨であり、最后は、现代のグローバル化を、日本工业の东アジア化を通して论じている。
これらのテーマは、现代の工业の経済学的把握に欠かせないものであり、同时に、院生?助手时代から私自身が取组んできた実态研究テーマと大きく重なる。讲义では、自身の研究成果を中心に、他の研究者の成果も加え、ある意味、好きなように话し、私の着作のプリントを配布し、一层理解してもらう形をとってきた。
ただ、このような研究テーマの选択と中小公司実态调査研究の展开は、当初から意図したことではなかった。庆应义塾络みの幸运に恵まれ、工业経済?中小公司论の主要テーマを実态的に研究し、讲义のネタに使うことが可能となった。
父亲の中小公司経営との関连で、中小公司问题に関心を持ち伊东岱吉研究会に入り、伊东教授の指导下での20歳代のほとんどは既存研究の学习であり、大きく动いていた実态とはかけ离れていた。
第1の幸运は、商学部の佐藤芳雄教授がバークレーの留学から帰国し、実态调査の机会を见つけられずにいた院生を、东京都の零细公司実态调査に引っ张り出してくれたことであった。私は関心を持っていた东京の机械工业の町工场を一夏で50轩余访问する机会を得た。これが本格的な実态调査研究の出発点、上记の讲义テーマ等を见る视座获得の契机となった。
実态调査研究に取组み始め、大きな研究成果もなかった私が、経済学部の助手に採用されたのが、第2の幸运である。给与をもらいながら院生时代とほぼ同様に过ごせた助手の6年间は、様々なプロジェクトで京浜地域を中心に机械工业中小零细公司の実态调査研究に明け暮れる幸运をもたらした。
日本各地の产业集积を机械工业中心に见る中、1990年代に入ると、中小公司を含め日系公司の海外进出が活発になってきたのを実感し始めた。最初の単着で进出先については见もせず、日系中小公司の「东アジア化」について论じた。
ここで、またもや、次の幸運に慶應義塾絡みで出会った。1999年に始まった3E研究院がそれである。中国清華大学と慶應義塾大学とが中心となり、エネルギー?環境? 経済の3テーマで、中国について共同研究する大プロジェクトである。経済の中の中国中小企業政策研究の日本側主査が、諸般の事情で、幸運にも私にまわってきた。既に10年余が経過したが、今や、中国産業について論文を書き、中国語を五十の手習いで学習するというはまりようである。この中国研究を通し、進出先の状況、そこでの産業のあり方と日系中小企業の位置と可能性、これらが見えてきた。
庆应义塾が络む幸运を生かし、それを学生に讲义で还元する。大変よくできた话である。问题は、还元する能力、讲义能力である。助手に採用された时に、先辈教授から「讲义の时には、いつもの君の早口を直すべき」と指摘された。しかし、残念ながら、早口でまくし立てる讲义のままである。
私自身は幸运に恵まれ、私なりに中小公司研究の成果をあげ、工业経済论の讲义に还元したが、その幸运のお裾分けを、学生がどこまで享受しえたかは不明である。学生诸君には、各教授の讲义を叩き台に、自ら関心を持った研究テーマを探り出し、経済学の対象に直接踏み込み、自分の头で考えることを求めたい。その叩き台のごく一部くらいは、讲义を通して还元しえたのではないか。
(2012年11月取材)
※プロフィール?职位は取材当时のものです。