登场者プロフィール
岸?由二
経済学部 教授研究領域 : 流域を枠組とする地域の生態並びに都市再生研究、 1970年 横浜市立大学文理学部生物学科卒業、 1973年 東京都立大学理学研究科修士課程 修了、 1976年 東京都立大学理学研究科博士課程単位取得退学、 1973?1976年 慶應義塾大学経済学部嘱託(非常勤)、 1976年 慶應義塾大学経済学部助手(実験担当)、 1980年 理学博士(東京都立大学)、 1981年 慶應義塾大学経済学部助教授、 1991年 慶應義塾大学経済学部教授
岸?由二
経済学部 教授研究領域 : 流域を枠組とする地域の生態並びに都市再生研究、 1970年 横浜市立大学文理学部生物学科卒業、 1973年 東京都立大学理学研究科修士課程 修了、 1976年 東京都立大学理学研究科博士課程単位取得退学、 1973?1976年 慶應義塾大学経済学部嘱託(非常勤)、 1976年 慶應義塾大学経済学部助手(実験担当)、 1980年 理学博士(東京都立大学)、 1981年 慶應義塾大学経済学部助教授、 1991年 慶應義塾大学経済学部教授
この春、日吉キャンパスでの自然科学担当教员としての暮らしを终え、定年退职を迎えます。1974年、东京都立大学博士课程学生のまま実験补佐の嘱託职员に採用されたときから数えると、40年近くの勤めになりました。长かったような短かったような、月并みですがまことに不思议な感慨があります。
山野河海の自然の躍動を相手にする生態学が専門だったこともあり、日吉キャンパスに広がる広大な日吉の森は、日々の散策地として、調査研究の場、野外授業のフィールド、また緑地管理のボランティア活動の場として、私にとってはまことに幸いな環境でありました。仕事においても、社会的実践においても、広義に言えばナチュラリスト暮らしというほかない私にとって、日吉キャンパスは文字通り、足もと浄土(heaven under feet)の一部であったと思うのです。
重ねて幸なことに、长い勤务の间に、日吉の緑のお世话に関心を向ける志高い学生たち、教员仲间との出会いにも恵まれ、森の管理活动に特化したボランティア主义の任意団体、<庆应义塾大学日吉丸の会>も育ち、少人数ではあるのですが、粛々と森の再生活动をつづけています。大好きな日吉の森のお世话を託してゆける同僚?学生たちに恵まれ、退职をむかえることができるのは、これも无上の幸せというほかありません。
私の専攻した进化生物学、生态学、流域思考の都市再生论などの専门研究?実践领域は、日本国における戦后の学の歴史経纬も灾いして、なかなかに学阀?政治阀の跋扈する领域でありましたが、ふりかえれば私は、结局のところ自由自在な活动を思う存分果たさせていただいたのかもしれないと感じております。义塾?学部の诸制度とリベラルな学风に、しっかり守られていたのだと、いましみじみ感谢しております。
教育の领域では、主担当の生物学に加え、地域论、それにゼミ形式で环境问题をまなぶ自由研究なども开讲させていただきました。自然科学専攻の教员に、社会歴史系の授业担当をみとめて下さった学部の见识には、ひたすら感谢するほかありません。地域论、自由研究の受讲生には、いまも环境分野で日々情报交换、仕事连携の続く教え子たちがいます。义塾にいただいた最大の宝かもしれませんね。
あえて言えば、私の职场であった日吉キャンパスの気风は、学生间も教员间も、学问全域におよぶ谈论风発の気概においてやや内向き?上品におさまっていたなと、物足りなさ、未达成の感が残らないでもないのですが、研究?教育の领域であたえられた多大な幸いを考えれば、とるにたらない愚痴ですね。退职の春を前にしていま何よりも嬉しいのは、退职后もまた日吉の森で、これまで同様の友人、学生たちと一绪に、緑のボランティア活动に参加できる希望があることです。
在职の40年间近くにわたり、暮らしと研究教育の素晴らしい机会を提供しつづけてくださった庆应义塾そして経済学部に、いま心よりの感谢を申し上げます。
(2012年11月取材)
※プロフィール?职位は取材当时のものです。