登场者プロフィール
山田 太門
経済学部 教授研究領域 : 公共経済学、財政学、公共選択、NPO経済論、文化経済学、 1968年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1970年 慶應義塾大学大学院修士課程修了慶應義塾大学経済学部助手、 1973年 慶應義塾大学大学院博士課程修了、 1976年 慶應義塾大学経済学部助教授、 1989年 慶應義塾大学経済学部教授、 この間、1978年?80年プリンストン大学客員フェロー、93年?94年同大学ウッドロー?ウィルソン?スクール、およびエール大学PONPO研究所客員フェローとして留学
山田 太門
経済学部 教授研究領域 : 公共経済学、財政学、公共選択、NPO経済論、文化経済学、 1968年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1970年 慶應義塾大学大学院修士課程修了慶應義塾大学経済学部助手、 1973年 慶應義塾大学大学院博士課程修了、 1976年 慶應義塾大学経済学部助教授、 1989年 慶應義塾大学経済学部教授、 この間、1978年?80年プリンストン大学客員フェロー、93年?94年同大学ウッドロー?ウィルソン?スクール、およびエール大学PONPO研究所客員フェローとして留学
かねてから兴味のあった学者の书物に出会った喜び。
1970年に庆应义塾大学の助手となり、あるとき、図书馆の一角で偶然にもかねてから兴味のあった学者であるジェームズ?ブキャナンの论文に出会いました。见つけたときの喜びは、他にたとえようもないほどでした。そうして、私の研究は一人の学者に惹き付けられて、それを入口にどんどん次へつながっていったのです。それからおよそ40年间、学者として恵まれた日々を重ねることができました。
私の研究を振り返ってみると、一つの研究がきっかけとなって、次々に新たなテーマに向き合うことができたように思います。まず社会的な公正という问题についての研究にはじまって、それを理论だけではなく、実际の政治や政府の问题としての研究に取り组むようになっていきました。そして、公共経済学という学问につながり、それが财政学へと発展していったのです。财政学は古い学问で、研究を进める中でその面白さや重要さに気づき、特に公共选択というテーマに賛同しました。政府だけではなく、非市场活动、狈笔翱など民间が主体となる営利ではない団体の活动にも兴味を持ち、さらに援助対象としての文化活动へと好奇心は広がっていったのです。
ゼミの合宿で川が氾滥し、避难したこともよい思い出。
庆应义塾大学には、学问において自由の気风があります。研究者、学者にとって、そして学生にとっても、规制されず自由でいることができるというのは、极めて大きな意味のあること、価値のあることだと思います。同时に、立派な先辈方が数多くいます。そんな方々が筑き上げた伝统を受け継いでいくのも、私たち学者の大きな役割だと感じていました。それはこれからを担う学生たちにも共通することです。自らの学ぶ学问と伝统が结合して、庆应义塾ならではの学问に発展させることができる。ぜひ、自らのテーマに真挚に取り组んでほしいと思います。自由を謳歌し、のびのびと个性を活かした活动を行ってほしいですね。
ゼミでの思い出も数え切れないほどあります。ゼミ合宿で山形の赤仓温泉に行ったときのことですが、台风で宿の近くの川が氾滥しそうになり、避难したこともありました。忘れられない思い出です。学生たちとの饮み会にもずいぶん参加したものです。最近でこそ、歳のせいか、あまりお呼びがかからなくなってしまいましたけれども。本当にさまざまな思い出があります。そんな学生たちとの交流も、研究同様、私の大切な宝物なのです。
研究に终わりはない。退职后も勉强を続けていく。
都心にありながら、一歩足を踏み入れると、静かな环境。庆应义塾大学の独自の雰囲気はそんなところからも生まれているのではないでしょうか。昔も今も、学生たちの生活スタイルは近代的で、新しいものをどんどん取り入れる倾向がある。私が学生の时代から、ずっと自由主义的な人间が多いような気がします。自由な雰囲気は、そこから醸成されてきたのでしょう。
日々、学生たちとふれあって、庆应义塾大学の学生たちは素晴らしい能力を持っていると感じてきました。私たちの时代は国立大学に対するコンプレックスが少なからずありましたが、今ではまったく感じられない。むしろ、庆应义塾大学に大いなる夸りを持っています。もっと自信を持っていいし、持てる能力を存分に発挥してもらいたいと考えています。私も退职后、40年も続けた研究とこれからも対峙していきたいと思います。取り组むべきテーマは、まだまだあります。研究に终わりはありません。勉强しなおすつもりで、新しいスタートを切りたいと考えています。
(2009年12月17日取材)
※プロフィール?职位はインタビュー当时のものです。