登场者プロフィール
清水 雅彦
経済学部 教授研究領域 : 経済統計、計量経済学、産業連関分析、産業構造論、 1968年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1973年 同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、 1988年 経済学部教授?研究科委員、 1997?1999年 慶應義塾大学産業研究所所長、 1999?2001年 経済学部長、 2001?2005年 学校法人慶應義塾常任理事、 2001?2007年 統計審議会委員、 2004?2006年 環太平洋産業連関分析学会(PAPAIOS)会長
清水 雅彦
経済学部 教授研究領域 : 経済統計、計量経済学、産業連関分析、産業構造論、 1968年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1973年 同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、 1988年 経済学部教授?研究科委員、 1997?1999年 慶應義塾大学産業研究所所長、 1999?2001年 経済学部長、 2001?2005年 学校法人慶應義塾常任理事、 2001?2007年 統計審議会委員、 2004?2006年 環太平洋産業連関分析学会(PAPAIOS)会長
フィクションではなく、现実社会を読み解く。
私の研究者としての活动の関心は、経済学を単に理论として捉えることではなく、経済学の理论が现実に対応しているか、现実を説明する能力のある経済理论とはどのようなものか、という点に当てられてきました。経済学の理论は、一种のフィクションと考えることができます。そのフィクションと社会の现実とを照らし合わせる作业を通して、経済学の现実妥当性を点検するわけです。これは、理论の内部の整合性のみを追究してきた経済学の方法论とは、大きく异なります。
それでは、何をもって「现実」と呼ぶことができるのか。そこに、私が长年かかわってきた、「経済统计」の作られ方に関わる课题が浮上します。现実の経済社会がどのような仕组みで动いているかを読み解くためには、社会の中で起こる现象を适切な方法で観测し、観测値(オブザベーション)を得た上で、それを、何らかの手法により総合化し、数値指标に取りまとめる必要があります。そこで得られる数値が経済统计です。観测値から得られた経済统计を「现実」とすれば、その现実は、统计を作る际の根拠として利用する経済理论に依存して、さまざまな値をとりうるのです。したがって、统计を作る作业とは、现実と理论の関係を常に见直すプロセスにならざるを得ません。
もちろん、现実を理解するこということは、现実をただ容认することではありません。统计から见て取れる现実を経済理论と照らし合わせる作业を通じ、现実社会に潜んでいる问题を明らかにし、望ましくない点があれば、解决したり除去したりすることが必要です。それが、経済システムにおける政策のあり方を考えるということなのです。我々が経済学を学ぶ际の最终的な目标は、社会システムとしての経済が望ましい方向に动くために、どのような政策を立案すべきか、という点にあるはずです。その政策とは、単なるフィクションではなく、现実に経済社会を変え得るものでなければなりません。
もちろん、一人の研究者がすべての問題の分析まで手を広げ、解決策に到達し、現実社会を変えていくことは不可能です。それでも私は、研究者である自分が持たない現実社会での問題解決の経験を、かつて教室で出会った卒业生諸君の社会的経験を通して学んできたのです。
学生诸君から学び、そして伝えてきた40年。
40年近い研究生活および教育活动を振り返り、特に强调しておきたいことは、さまざまな人との出会い、そして学问的知识との遭遇があったことです。人との出会いというときの「人」の中には、私が教室で教えた学生诸君があり、研究面では私が学んだ先辈、先生方がいます。そういった多くの人々との出会いが、大変豊かな人生、そして研究生活をつくり上げてくれたと感谢しています。
研究者である私が、学生との出会いから多くの経験を手にすることができる、ということは、一見、不可思議なことかもしれません。しかし実は、私と学生との関わりは、卒业生を送り出すことをもって終わるわけではありません。学生諸君は、私とは違い実社会に出ます。社会に出て、解決すべき社会の矛盾や経済的問題に直面しています。問題を解決することは、社会で仕事をする場合、常に求められているのです。
社会や経済が望ましい方向に導くために何をすべきか。実社会でその問いに直面した経験を持たない自分が、かつて教えた卒业生諸君の社会的経験を通して学ぶことができるということは、私にとって大きな幸せです。そして、卒业生諸君から学んだことを、個人的な満足に置き換えて済ませるのではなく、それをまた次の世代の学生諸君に教育の場で伝えていくこと。それが、活字から得られる知識以上に重要だと思います。
このように、「学生」という名の人々との出会いを40年间繰り返してきたことが、私にとってなにより贵重な财产です。
教养としての経済学を体得すること。
大学の4年间を経済学部で学ぶということは、専门的な学问知识ではく、大きな教养の固まりを身に付けるということです。教养としての経済学を学ぶということは、社会の仕组みを知ること。その仕组みの中で、自分はどのような生き方をするかを考える。つまり、生き方を选ぶ基础として教养を学ぶのです。
教养としての経済学から见えるもう一つのことは、望ましい社会はどうあらねばならないか、ということです。そして必然的に、その中に生きる人间とはどうあるべきかも、教养としての経済学は考えざるを得ない、そういう学问だと思います。
こうした観点から见ると、経済学は実にいろいろなことを教えてくれます。そして、现実社会の様々な侧面について、どこに问题があるか、それはなぜ问题なのか、教えてくれます。私自身がとらえ捉えている庆应の伝统、すなわち「独立自尊」とは、社会の中でどう自分の立ち位置を决めるか、他者の振る舞いをコントロールする立场に立たず、自分自身の自尊心を保持しながら、自分がいかに社会に贡献するか、ということを考えることだと思います。私は、そのような姿势で考える人々が社会に増えたときに、社会全体がより望ましい状态に移行すると考えています。そのような人间になるために、学生诸君には大きな教养としての経済学を体得してもらいたいと期待しています。
(2009年1月13日取材)
※プロフィール?职位はインタビュー当时のものです。