午夜剧场

慶應義塾

?疑ハザレバ?の視点から、 目標に到達する道が開けていく。

登场者プロフィール

  • 高梨 和紘

    経済学部 教授

    研究領域 : 開発経済学、 1967年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1971年 慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了、 1974年 慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、 1972年 慶應義塾大学経済学部助手、 1980年 慶應義塾大学経済学部助教授1991年より現職

    高梨 和紘

    経済学部 教授

    研究領域 : 開発経済学、 1967年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1971年 慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了、 1974年 慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、 1972年 慶應義塾大学経済学部助手、 1980年 慶應義塾大学経済学部助教授1991年より現職

発展途上国がどうすれば豊かになるかを探求。

私が専攻している开発経済学は、経済成长论、経済発展论の分析手法を発展途上にある経済に适用し、その発展メカニズムを分析する研究分野です。また、开発経済学には政治学はもとより、社会学、心理学、宗教学や文化人类学、さらには保健、卫生分野の知识も必要とされ、この研究分野は?学际领域?にあると言うこともできます。あるいはまた、国际连合の诸机関や世界银行、滨惭贵等の国际金融机関はじめ、先进诸国政府による発展途上国向け贫困削减政策の策定、実施、评価にも大きく贡献しているという意味で、开発経済学は?実践的?研究分野でもあります。

私自身はここ数年间、アフリカとアジア数ヶ国を取上げ、小口融资の普及と伝统商品の生产、贩売による农村贫困层の経済的自立を支援する、経済援助政策を研究しています。私が开発経済学の分野の魅力に引きつけられ、现地调査を始めてから、かれこれ30年が経ちました。1970年代当时のことを振り返ると、まず头に浮かぶのは1974年に庆应义塾大学として初めてアフリカ経済调査队を组织し、経済学部スタッフ4人と共に西アフリカではガーナ、ナイジェリア、东アフリカではケニア、タンザニアへ远征したことです。ナイジェリアではカドナ滞在中にクーデターの混乱に巻き込まれ、食事や移动手段の确保、ルートの変更を余仪なくされたこと、またガーナではボルタ川上流にあるアコソンボ?ダム工事现场を访问した际に、リバー?ブラインドネス(川の失明症)を媒介するツエツエ蝿に袭われ、17年后の発症を予告されたりしたことが懐かしく思い出されます。

このアフリカ远征で、この地域の経済の停滞の背后には政治不安定の问题や、蚊、蝿に媒介される热帯病対策の遅れがあって、その発展プロセス上の大きな障害となっていることを私自身、身をもって确かめることとなり、その时の体験が私のアフリカの贫困削减问题を考える原点になっています。

慎重な情报の选択と、想像力、思考力の锻錬が大事。

画像

庆应义塾大学では、四半世纪にわたって学生诸君と向き合ってきました。その间、色々なことを感じてきましたが、中には気掛かりなこともあります。それは今日の情报过多の状况の中で、塾生诸君を含む多くの学生は确実に博识にはなりましたが、情报の波に饮み込まれてしまい、特定の研究テーマを掌握し、それについてジックリ掘り下げて考える姿势を失いかけているのではないかということです。

质の良い情报を揃え、それを材料に特定テーマについて想像を膨らませ、思考力を锻えるためには、その妨げとなる雑情报を排除することが前提となります。このことを実践すること自体、容易なことではなさそうですが、効率良い自分流の情报选択の方法を知恵を绞って编み出すことは、现代を生きる学生诸君にとっては必须の要件です。このことをしっかり认识し、前进して欲しいものです。

まずは、通説の误りを、?疑い?を持って见抜くこと。

迷いながらも真理を求めて前进する塾生にとって、福泽先生からのメッセージ「疑ハザレバ求メズ 求メザレバ得ズ」は、学问に取组む际の姿势と勇気を与えてくれる尊い教えであると确信します。

ゼミナールでの研究テーマの设定や、大学生活の集大成とも言うべき卒业论文のテーマの决定において、「自分(达)はいったい何を考えている人间なのか」を自问自答して悩む时、この「疑ハザレバ……」の福泽先生の教えが救いとなるに违いありません。

研究テーマ掌握の手掛かりは、テーマを巡る俗説、通説を?疑い?をもって鋭く吟味することの中に见出せるはずです。そのことから生まれる学问的紧张感をバネにして、想像を巡らせ、独自の仮説を立て、それを証拠固めをすれば、その先に真理が见えてくる。このプロセスを実践することこそが、福泽先生が学ぶ者に示された学问に向う姿势であり、塾生诸君にはこの姿势を身に付けて自分らしいユニークな研究を进めることを期待します。

(2008年10月23日取材)

※プロフィール?职位はインタビュー当时のものです。