登场者プロフィール
土居 丈朗
経済学部 准教授研究領域 : 公共政策、経済政策、 1993年 大阪大学経済学部卒業、 1999年 東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(東京大学経済学博士)、 1999?2002年 慶應義塾大学経済学部専任講師、 2002年? 慶應義塾大学経済学部助教授(ただし02年8月?04年3月は客員助教授)、 2002?04年 財務省財務総合政策研究所主任研究官その間、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所特別研究官、一橋大学客員助教授等を兼務
土居 丈朗
経済学部 准教授研究領域 : 公共政策、経済政策、 1993年 大阪大学経済学部卒業、 1999年 東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(東京大学経済学博士)、 1999?2002年 慶應義塾大学経済学部専任講師、 2002年? 慶應義塾大学経済学部助教授(ただし02年8月?04年3月は客員助教授)、 2002?04年 財務省財務総合政策研究所主任研究官その間、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所特別研究官、一橋大学客員助教授等を兼務
地方を破绽に追い込んだ要因を探り当てる。
现在の日本は、歴史上かつてないほどの借金大国となっています。国だけでなく、自治体の借金も深刻化し、2006年に夕张市が事実上破绽したことは记忆に新しいところです。
ではなぜ、このような事态になったでしょう。过去を纽解いていくと、自治体の借金が大きく膨れ上がったのは、90年代に入ってからです。その要因として挙げられるのが、公共事业です。90年代に入りバブルが崩壊し景気が减速すると、国の方针で、自治体とともに景気対策として公共事业を大々的に行うことにしました。ただ、公共事业をするにもお金が要りますが、景気が后退すると国も自治体も税収が减って财源が足りません。そこで、公共事业の主な财源となったのが地方债です。公共事业を行うために、地方债というカタチで自ら借金を膨らませて行った。気がついたときには、その额は膨大に膨れ上がっていたのです。
研究を続ける励みになった庆应义塾?义塾赏。
その后、日本各地で多くの市町村が危机的な状况に追い込まれるなか、小泉政権は「叁位一体の改革」を推し进めます。それは、自治体の主要な3つの収入源を改革するというもので、方向性自体は间违っていませんでしたが、この改革には「地方债」が含まれていなかったのです。
第二、第叁の夕张市を出さないためには、どうすればいいのか。借金の泥沼から抜け出せないでいる自治体を、経済学の知识で救うことはできないだろうかと考え、私は地方债の研究に取り组みました。そして、経済学的见地から原因を追究?分析し、解决策をまとめたものが『地方债改革の経済学』(日本経済新闻出版社刊)です。
自着の中で私は、「自治体は、身の丈にあった住民サービスを行っていく」ことを提唱しました。それを実践するのは、国からの补助金に頼らないで自らの能力を発挥していくことが不可欠ですから、我慢を强いられる场面も少なくありません。そのため、「地方に厳しすぎるのでは」と异を唱える声もありました。しかし、日本経済図书文化赏(2007年)、サントリー学芸赏(2007年)を受赏するなど学术的に评価され、さらには庆应义塾?义塾赏(2007年)をいただきました。赏をいただいたことは、情绪に流されず冷静かつ论理的に分析する私のスタンスを评価して下さったことの表れですから、义塾赏は研究を続けていく上での大きな励みになっています。
考える力を养うチャンスを提供していく。
私が経済学に兴味を持ったのは、高校生のときでした。ちょうど消费税导入の时期で、新闻などの报道を通じて消费税への反対意见を耳にする度に、感情论的で説得力がないと感じていました。そうしたなか、ある経済学者が説いた消费税の経済効果に関する话は、なるほどと唸らせる説得力があったのです。もともと政治も経済も好きで、どちらに进むべきか迷っていたのですが、双方を复合的に扱える「财政」を経済学部で勉强したいと、进むべき道が定まりました。以来、财政にまつわる领域を研究してきたわけですが、経済学は、学べば何らかの资格を取得できるという学问ではありません。しかし「考え方を养う」という面から见れば、社会科学の中でも特に优れた学问です。学生たちが世の中に出て社会人になるときには、物事を冷静にとらえ、自らの轴を持ち、自分の意见をぶれずに言える「冴えた大人」になって欲しいと思っています。そのためにも、自ら考える力を养うチャンスを、どんどん提供していくつもりです。
余谈ですが、経済学部にはゼミ対抗のソフトボール大会があり、私もバッターボックスに立つことがあります。毎年、优胜をさらっていくのは塩泽学部长が指导なさる「塩泽ゼミ」。今年は「打倒?塩泽ゼミ」という明确な目标を掲げ一丸となって戦った结果、6年目にして悲愿の决胜トーナメントに出场し、春の大会では3位、秋の大会では準优胜という好成绩をおさめました。ちなみに、塩泽ゼミとの试合では、一时リードしたものの、结局は逆転负け。この屈辱を晴らすべく、来年もまた、ゼミ生たちとともに挑むつもりです。こうした、学ぶ场以外でも学生と教员の交流の场があるのはとても良いことですよね。互いの距离が近くなって意见を自由に言いやすい场になるよう、私もより一层の努力をしていきたいと思います。
(2008年10月22日取材)
※プロフィール?职位はインタビュー当时のものです。