登场者プロフィール
矢野 久
経済学部 教授専門:ドイツ社会史、、ドイツ社会経済史、 1973年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1976年 慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了、 1983年 ボーフム?ルール大学社会科学博士(Dr.rer soc)取得 慶應義塾大学経済学部助手、助教授を経て1996年より現職、 ※プロフィール?職位は取材当時のものです
矢野 久
経済学部 教授専門:ドイツ社会史、、ドイツ社会経済史、 1973年 慶應義塾大学経済学部卒業、 1976年 慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了、 1983年 ボーフム?ルール大学社会科学博士(Dr.rer soc)取得 慶應義塾大学経済学部助手、助教授を経て1996年より現職、 ※プロフィール?職位は取材当時のものです
个性と共同性の狭间で
経済学部助手になったのは1985年ですが、その顷は助手の研究室は大部屋で4人程の助手たちと一绪でした。少なくとも助手の间は専门分野を超えて交流ができていた时代です。その中の一人とは一绪にクラッシックギターを习い始めもするくらい、交流があった、そんな时代でした。
最初に受け持った授业は日吉キャンパスでの「自由研究」です。少人数で社会史に関わる英语文献を大量に読ませました。その顷の学生の几人かは大学教员になっています。叁田でゼミナールを担当するようになってからは、さらに読ませる量が増え、さらに月に2册くらいのペースで书评を书かせるようにもなりました。ある时期からは松村高夫ゼミとの年1回の讨论会が始まり、学生はそのために本格的に共同作业を行うようになりました。その讨论会のレベルはかなり高いものであったと思います。その后は歴史関连の合同ゼミ発表会に衣替えして现在に至っていますが、あるテーマでのゼミナール间での学生の讨论は困难になっているのかもしれま1507せん。
ある时期までは庆应义塾経済学会を媒介にして、叁田の教员の间で合宿が行われ、専门领域を超えてお互いに议论を深め合う机会もありました。その时の先生方のほとんどはもうすでに定年でお辞めになりましたし、中には逝去された先生方もおられます。そのような専门领域を超えた交流が可能であった时代は、残念ながら过ぎ去ったのかもしれません。その时代を懐かしく思う私はその意味では古い世代に属しているのかもしれません。
私は学部学生时代から庆应义塾大学に属しています。研究は个人で自立して行うものだという教育を受けたと思っていますが、ドイツ史が専门でしたからドイツに留学し、そこで博士学位を取得しました。これは庆应义塾大学経済学部の一つの伝统になっていると思っていますが、同时に経済学部教员间での共同性が存在していたような気がします。
学生时代から数えると45年以上、教员になってから30年の年月が経过しました。専门の「社会史」の精神に则り(?)、狭义の経済を超えたさまざまなテーマを追いかけてきました。まだ未完成の残るテーマがいくつかあります。それに向けて切磋琢磨したいと思っています。
(2016年1月取材)