登场者プロフィール
宇 振領
経済学部 教授専門:日本語日本文化、 1982年 天津南開大学外国語学部 日本語日本文学専攻卒業、 1984年 大連外国語学院日本語学部 就職、 1988年 来日v 1992年 早稲田大学大学院文学研究科 修士課程修了、 1996年 早稲田大学大学院文学研究科 博士課程単位取得満期退学、 1996年 慶応義塾大学経済学部助教授を経て、2002年より現職、 2002年 米国UCLA大学東亜研究センター一年間 訪問研究員、 2012年 中国復旦大学歴史学部一年間 客員教授、 2016年 定年退職、 ※プロフィール?職位は取材当時のものです
宇 振領
経済学部 教授専門:日本語日本文化、 1982年 天津南開大学外国語学部 日本語日本文学専攻卒業、 1984年 大連外国語学院日本語学部 就職、 1988年 来日v 1992年 早稲田大学大学院文学研究科 修士課程修了、 1996年 早稲田大学大学院文学研究科 博士課程単位取得満期退学、 1996年 慶応義塾大学経済学部助教授を経て、2002年より現職、 2002年 米国UCLA大学東亜研究センター一年間 訪問研究員、 2012年 中国復旦大学歴史学部一年間 客員教授、 2016年 定年退職、 ※プロフィール?職位は取材当時のものです
日本の真の强さの在り処-日本の大学教育现场で见たこと、考えたこと
1988年9月、私は大连外语大の教职を止めて、自分の日本语力を高めるため、日本で何年か留学した后、また大连外语大に戻り、日本语教育に尽力するという考えを持って、また近代(アヘン戦争以后)に入った后、なぜアジアでは日本だけ列强と肩を并べることができたのかという疑问を解くために、日本にやってきました。
1996年庆应义塾大学経済学部の専任教员になったので、大连外语大に戻ることを止めましたが、日本はなぜアジア唯一の列强になったのかという疑问が残っていました。私の日本在住はいま28年目に入りましたが、自分の长年の谜解きの结果を敢えて、この场を借りて、述べさせて顶きたいと思います。
アヘン戦争(1840)、清王朝の败戦をきっかけに、列强は清王朝で利権を取るために、我先にと东アジアにやってきました。清王朝の无残な姿を傍で见ていた日本は、幕府体制のままでは、列强に対抗できない、第二の清国になりたくない、そこで明治维新を敢行し、「廃藩置県」「四民平等」「戸籍制度」「徴兵制度」など、福泽諭吉先生が言う「外の文明」を実施しました。
幕府时代までの日本は自给自足の农业社会で、ほとんど不足なものがなかったが、西洋列强に习い、产业社会に轨道転换をしようとした时、地下资源が乏しいという弱点が露顕しました。当时、弱肉强食の时代だったので、日本は「日清戦争」で清国を破り、さらに「日露戦争」でロシアに胜ったことにより、列强入りの政治目的を达成しました。
明治政府は「教育振兴」を通して、西洋文明の受容と普及、人智の启発、人材の养成、人心を根底から一新する、福泽諭吉先生が言う「内の文明」を実行し、日本国民全体の素质を高めました。日本は地下资源が乏しいですが、教育を受けて、専门知识を持っている日本人という人的资源を教育により作り上げました。
産業革命以後、機械力の利用で、大航海は冒険者の冒険行為から脱皮して、海運という実用の交通手段になっています。日本は自国の立地条件をうまく利用し、周辺国から廉価の原材料を仕入れて、専門知識を持つ日本人技術者は「殖産興業」、その原材料を商品にし、MADE IN JAPANというネームバリューで海外販売をする、福澤諭吉先生の宿願「貿易立国」を実現しました。
日本の强さは、また日本独特の地理环境、及び日本特有の民族构成、歴史、文化伝统により醸し出した日本人の「団体主义」「勤勉」「真面目」「谦虚」「耻文化」などによるところも大きいと思います。
日本は外国语教育を重视しているのも、対象国の言语を习う同时に、その対象国の歴史、文化、风俗习惯などの把握は言うまでもなく、新しい动向などをいち早くキャッチし、「彼を知り、己を知り」の姿势を取っています。
第二次世界大戦后の戦后再建、日本は戦争の廃墟からハイスピードで立ち直り、一跃世界第二位の経済大国にのし上がった原因は、败戦にも関わらず、専门知识を持っている日本人が健在だったからです。
结语:日本の真の强さ、その强さの主な原动力は教育をきちんと施したことにあると思います。明治维新后の「教育振兴」、知识重视思想による恩恵は现在まで続いています。前世纪の「鉄は国なり」から、世界はいま「ハイテクは国なり」?の时代になっています。教育の大切さがより重要な位置を占めるようになっています。
私は长年日本に住み、自分の疑问を解きつつ、自分の纳得したこと、自分の知っている真実を、授业を通じて学生たちに伝えてきたつもりです。その思いが学生たちに届いていることを愿ってやみません。
(2016年1月取材)