执笔者プロフィール

叁尾 裕子(みお ゆうこ)
文学部 教授専門分野/ 文化人類学

叁尾 裕子(みお ゆうこ)
文学部 教授専門分野/ 文化人類学
私は大学院生时代に台湾で住み込み调査を始めて以来叁十数年、宗教信仰や植民地主义、グローバル化などに関して文化人类学的な研究を続けてきた。
调査を始めた顷は、「台湾に行く」と言うと「タイ?タイ料理は辛いらしいよ」などと、顿珍汉な反応にいささか惊いたのが忘れられないが、最近は、「台湾、私も行きました」とか「この间、祖父が台湾生まれだと闻きました」などと言われることも多い。なにより、2011年の东日本大震灾时、台湾からたくさんの寄付をいただいたことが多くの日本人の台湾への认识を変えた。手軽な旅行先という以上に、ともに助け合う隣人という関係が生まれているのは、台湾研究者としては嬉しくないはずはない。
最近は、台湾への中国からの圧力が强まるなか、中国が输入禁止にした台湾パイナップルが、多くの日本人に买い支えられている。输入されたパインはことのほか甘く、芯まで食べられ、私も値段と体重に目をつぶってつい买ってしまう。
ところで、フィリピン产などと违って台湾产パインは新颜と思われるかもしれないが、じつは违う。スーパーでも见かける冲縄产、八重山产のパインや、年配の方なら、生のパインではなく甘い汁に浸かった缶詰のパインを覚えておられるだろうが、これらは起源をたどれば台湾人农家や缶詰业者に行き着く。植民地期に台湾から缔め出された彼らは、当时石垣岛の未开発地域に入植し、マラリアや地元民との轧轢などを克服してパインを植え、缶詰を製造した。第二次世界大戦后、台湾と八重山の间に国境が引かれてからも、台湾からの移民や技术者がパインの栽培や加工を支え、今日の石垣岛の社会に贡献してきたことはまださほど知られていない。
私が近年石垣岛に足を运ぶ机会が増えているのも、台湾での调査地からの移住者の存在を知ったのがきっかけだ。石垣岛の台湾人社会は、日本植民地主义の文脉の中で形成された。また、とかく华侨华人は商人や起业家とイメージされがちだが、日本には、农业开拓民というあまりこれまで注目されていないタイプの移民社会があり、华侨华人研究という点からも兴味深い。パインの中には、植民地统治と移住に起因する苦难の歴史という酸っぱい部分があることも头の片隅に置きつつ、その甘さを堪能していただければ幸いだ。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。