执笔者プロフィール

碧海 寿広(おおみ としひろ)
その他 : 龍谷大学アジア仏教文化研究センター博士研究員塾员

碧海 寿広(おおみ としひろ)
その他 : 龍谷大学アジア仏教文化研究センター博士研究員塾员
近代社会では宗教の影响力が次第に衰え、科学的世界観や现世的な価値観が优势になる、という説がある(世俗化论)。実际、现代日本では特定の宗教団体に热心にかかわる人は少数派で、あるいは宗教の教えに基づき自分の暮らしや人生上のもろもろの选択を行う人も少ない。
他方で、宗教的なものと日本人との関係がひたすら弱まっているかというと、意外にそうでもない。平成时代の仏像への人気の高さが、その最たる例だと思われる。仏像は本来、仏教の教えや理念を彫像によって伝えるために创造された。明らかに宗教的なものの一种である。
とはいえ仏像を好きな人々の多くは、别に宗教的なものを求めているわけではないだろう。美术品ないしは歴史的に価値ある存在として、あるいは、教养を深めたり、趣味として楽しんだりするために、仏像に接している人が大半のはずだ。
本来、宗教的なものである仏像が、なぜ、宗教とは无関係に、现代の少なからぬ日本人に爱されているのか。その谜を解くことは、私たちの生き方や価値観の问い直しにつながるのではないか。本书を执笔するに至った大きな动机の一つである。
谜の解明に実际に取り组んでみると、そこに日本の近代化と密接に関连した、さまざまな要素が见出された。たとえば、美术という考え方や、それをとりまく制度である。
日本人は昔から、寺社建筑の壮丽さに见とれたり、屏风絵に美を感じとったりしてきた。だが、それらを「美术」として一括して捉え、学校で教わり、博物馆などで鑑赏するようになるのは、明治以降の近代という时代である。西洋から输入された美术の思想によって、私たちの社会に新たな风习が形成されたわけだ。
そして、仏像もまた、この美术のカテゴリーに取り込まれる。その结果、やがて宗教とは无関係に、学ばれ、楽しまれるようになった。现代の仏像人気の背后には、こうした近代にもたらされた思想的?社会的なイノベーションがあったのである。
美术だけではない。写真の普及や観光の隆盛なども、仏像と私たちの関係を一変させた。拙着では、その実态を多角的に検証し、日本の近代とは何だったのかを再考している。
碧海 寿広(着)
中公新书
272页、860円(税抜)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。