执笔者プロフィール

石田 京子(いしだ きょうこ)
文学部 准教授専门分野/近代ドイツ伦理思想

石田 京子(いしだ きょうこ)
文学部 准教授専门分野/近代ドイツ伦理思想
私は18世纪ドイツの哲学者、イマヌエル?カントの法哲学の研究を行っている。伦理学専攻の出身だが、もともと社会システムに対する関心があり、法哲学や政治哲学を勉强するようになった。『纯粋理性批判』などで知られるカント哲学のなかでは、法哲学は知名度の低い分野だが、カントを通じて、自由な理性的存在者としての人间にとっての法がどのようなものであるべきかという问いを追究している。
ところで最近、カントにおける国家と市民の徳との関係をテーマに话をする机会があった。カントの実践哲学に少しでも触れたことがある方には意外に思われるだろうが、カントは法と伦理の峻别を説き、国家の目的は人々を有徳にすることではないと考えていた。しかし、『诸学部の争い』というカントの最晩年の着作を読み直すと、国家と有徳さの问题を切り离せるにせよ、もう少し别の见方もできる。
『诸学部の争い』は、神学部?法学部?医学部という上级学部と、哲学部という下级学部の関係をテーマにしている。今风に言えば、大学论である。カントの时代、道徳教育はキリスト教教会が担っていた。国家は行為の外面性のみを问题とする法を扱い、心の内面を扱う宗教や教会は国家の管辖外である。ところが大学という、国王の认可した世俗的组织が神学研究を担うことは、国家が心の内面の问题にかかわることを示している。では大学は何を果たすのか。カントによれば、既存の宗教の教义は歴史的に构成されており、必ずしも合理的とは言えない。大学は、それらの教义や圣书の记述を文献学的に考証するだけではなく、それらを妥当なものとして受け入れられるかを判断することを教えなければならない。そして、その判断基準を提供する部局が、哲学部だという。カントにとって大学の意义は、社会のなかにありつつ、当の社会に対する合理的?批判的视座を可能にするところにある。
现代はカントの生きた时代とは状况が异なるが、この本を出版する数年前にカントは検閲を受け、执笔活动を制限されるという体験をしていた。社会との紧张関係のなかで道徳や法についての発言をすることの难しさはあるが、カントがその状况で敢えて表明した大学の役割と哲学の意义について、今后も考えてゆきたいと思う。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。