执笔者プロフィール

佐川 彻(さがわ とおる)
文学部 准教授専門分野/ 文化人類学

佐川 彻(さがわ とおる)
文学部 准教授専門分野/ 文化人類学
私は、2001年からエチオピアにくらす牧畜民のもとでフィールドワークを进めてきた。彼らは家畜とともに游动的な生活を送るノマド(游动民)である。「なぜ移动するのか」と寻ねた私に、人びとはよく「ここは空気が悪くなったからだ」と答えた。牧畜民が移动するのは、必要に迫られてのことだと考える人が多いかもしれない。家畜が食べる草がなくなったから、资源を求めてさまようのだと。だが、それは定住中心的な视点にもとづいた忆断でしかない。
たとえば、アフリカでは定住的な农耕社会には呪术が多いが、游动的な牧畜社会には少ないとの指摘がある。1つの场所で同じ相手と住み続けなければならない定住民は、不愉快な隣人がいても、その感情を直接相手にぶつけることは难しい。そのため、人间関係の葛藤を超自然的な力を用いて解决しようとする。それに対して游动民は、一方が共住空间から离れてべつの场所へ住処を移すことで、葛藤を宙づりにする。いやな奴がいてもしばらく颜をあわさなければ、苛立った気分も和らぐだろう。ノマドにとって、移动により物理的な対人距离をとることは、人间関係を调整する主要な手段なのだ。
人类学者の西田正规は、ノマドによる移动の多机能性を强调するとともに、ノマド自身は「くせとしての移动」も行うと指摘する。この指摘は、牧畜民と长くともにくらした経験がある者にはよく理解できる。草は充分にあり、村内の人间関係に问题がなくても、彼らはわずか数百メートル离れた场所へ移动していくことがある。同じ空间に滞留し続けることそれ自体に、人びとはなにか居心地の悪さを感じているようなのだ。上述した「空気が悪くなった」ということばは、そのような彼らの身体感覚をよく伝える表现である。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、他者や環境との「适切な距离の取り方」を見定めることが、人類にとって重要な課題となってきた。私が専攻する人類学の主要な方法論であるフィールドワークは、当分の間、実施することが難しそうである。調査対象に対面して話を聞くことが、フィールドワークを特徴づける要素だからだ。しばらくは手持ちのフィールド?データを用いて、移動の達人であるノマドにとって「适切な距离」とはなんなのか、分析を深めていきたい。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。