执笔者プロフィール

金 美纱(キム ミサ)
法学部 専任講師専門分野/ 民事訴訟法

金 美纱(キム ミサ)
法学部 専任講師専門分野/ 民事訴訟法
私の専门は、民事诉讼法である。民事裁判の世界は、普通の社会常识とは少し违った独特なルールで规律されている。たとえば、自己主张の强い人は、社会では烟たがられるかもしれないが、裁判では、どれだけ必死に自己主张をしても谁からも咎められることはない。裁判では、原告も被告も、自分に有利に働く事実をできるだけ多く主张するのが常であり、むしろそうあることが求められる。判决が出たあとになって、「あのときは远虑して言えなくて」と言ってみても、やり直しはきかない。裁判では、谦譲の精神は歓迎されない。
ただし、裁判の世界でも通用するモラルがある。たとえば、ありもしない事実を捏造して主张することは许されないと言われる。难しいのは、不利な事実を隠すことは许されるかどうかである。少し前のあるテレビドラマで、次のようなエピソードが放送されていた。电车の脱线事故で运転手が亡くなり、その遗族が、鉄道会社に対して损害赔偿を请求する。遗族侧は、过重労働を强いる过酷な勤务环境が事故につながったとして、职场の安全配虑义务违反を主张するが、会社は容易に赔偿に応じてくれない。ようやく交渉がまとまりかけたところで、実は、事故の原因は、运転手の过重労働にあったのではなく、电车の车両自体にブレーキ故障があったことが発覚する。
さて、ここで问题としたいのは、ブレーキ故障があった事実を会社ぐるみで隠蔽しようとしたことの是非である。世の中のモラルとしては、会社は隠蔽工作をすべきではなかったということになるのだろう。最初からブレーキ故障を公表していた场合と比べて、隠蔽を図ろうとしたことによる会社のイメージダウンは不可避である。では、裁判の场ではどうだろうか。裁判という利害が衝突する场で、不利な事実を隠したいと思うのは、人间の自然な本性であり、ブレーキ故障に気づいていない原告に対し、敌に塩を送るような真似をする被告は、愚か者にさえ见える。そう考えると、不利な事実を自ら明らかにする必要はないと言えそうである。しかし他方で、真実発见や公平という観点からみると、不利な事実を明らかにする必要があるとも言えそうである。容易に答えの出ない问题であり、ああでもないこうでもないと、日々思考をめぐらせている。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。