本校を语るうえで、広大な土地と自然の话题ははずせない。东京ドーム2个分、10万平米を超える敷地は志木市?新座市?朝霞市の3つの市にまたがっている。今でこそマンションや住宅に囲まれているが、「マンションの敷地はもともと学生寮であった」「东武东上线の志木駅の改札をでたらすぐに校门であった」など、本校翱叠からは、昔に比べて随分狭くなったと言われ惊くばかりである。
东侧は、硬式野球部、グラウンドホッケー部、サッカー部、ラグビー部、ソフトテニス部が同时に活动できるグラウンドがある。それ以外にも、弓道场、柔剣道场、硬式テニス部コート、温水プール、宿泊施设を备えたトレーニングルーム(去来舎)もある。また、运动部の施设以外にも、农园、竹林と雑木林、ビオトープ、鸭池、野火止用水跡地も共存している。
そんな広大な敷地と自然が残る本校ならではのエピソードを1つ。寒い冬の朝に普通教室栋の阶段が獣のフンで汚れていると用务员から连络が入った。汚れている阶段をたどっていくと、3阶の教室の伞立てに2匹の狸が迷い込んでうずくまっていた。前日に扉を闭め忘れていたため明かりと温かさに诱われ迷い込んだようである。志木市に対応を确认すると専门业者に頼まなければならないとの回答である。そこで用务员?常驻の委託业者と协力して捕まえ、敷地内の雑木林に放した。いつか鹤ならぬ狸の恩返しを期待しているところだ。
そのような本校も2023年に開設75年を迎えた。その記念事業の1つとして、同年12月20日に「光彩館」が竣工した。志木会(慶應義塾志木高等学校同窓会組織)を中心とした募金活動の賜物である。300名収容の多目的ホール、茶室、音楽室、中教室、セミナールーム、本校初となるエレベーター完備である。また正面入り口の階段踊り場には本校卒业生であり世界で活躍するアーティストの大山エンリコイサム氏の壁画が建物の外壁まで伸びやかに描かれている。
コロナの影响で校内立ち入りなど制限された环境であったが、収穫祭、ワグネル?ソサィエティー男声合唱団や器楽部の定期演奏会、また生物部が中心となった校内见学イベント「自然観察会」もすでに復活している。これらのイベントを通じて本校に是非游びに来ていただきたい。
1947年に电力の鬼といわれた実业家、松永安左エ门氏から财団法人东邦产业研究所の土地と建物の寄赠をうけ、庆应义塾獣医畜产専门学校を基础として翌48年5月に庆应义塾农业高等学校として开校して75年。25年后の100年も変わらず自然豊かな教育环境を维持できるよう尽力してまいりたい。
(志木高等学校事务长 中岛义和)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。