画像:第27回庆应医学赏授賞式(2022年11月)より
1996年に発足した庆应医学赏は世界の医学?生命科学の発展に寄与する顕著で創造的な研究業績を挙げた研究者に授与されるもので、28回を迎えるまでに受賞者のうち10名がのちにノーベル賞を受賞している。一私大においてこうした学術顕彰制度は他に類をみない。
庆应医学赏は95年に設立された坂口光洋記念慶應義塾医学振興基金の主要事業である。この振興基金は卒业生である坂口光洋氏から医学研究の奨励とその創造的発展、また世界の医学?生命科学の発展に寄与するためと寄付された50億円の浄財をもとに創設された。医学賞の授与の他に医学国際交流、医学研究奨励、記念講座等の事業を進めている。坂口氏は昭和15年に医学部を卒業後、加藤元一教授のもとで生理学を学び、その後日本大学医学部教授を昭和34年まで務めた。80歳を機に戦後の混乱期に知人に頼まれて購入した土地を売却し、義塾に寄贈を申し出たものである。その後99年に20億円の追加寄付があり、基金事業は順調に進展している。
第1回受賞者のS?プルジナー博士が翌97年にノーベル生理学?医学賞を受賞し、庆应医学赏はノーベル前賞ともいわれるようになった。賞は新しいパラダイム?概念を切り拓くこと、今後の発展を期待されることを重視して選考されている。つまりノーベル賞受賞者ではなく、将来ノーベル賞が期待される研究者が選考の基準となっている。
その审査?选考は世界各国の着名な研究者および研究机関からの推荐がスタートとなる。例年1、2月に候补者推荐募集を开始し、3月の缔切后、学内外の専门委员による数次の审査を経て、8月顷选考委员会で最终候补者を决定し、医学振兴基金运営委员会に推挙、运営委员会からの报告に基づき塾长は9月に受赏者を决定する。授赏式では受赏者に赏金1,000万円と碍贰滨翱の文字と医学の象徴である蛇が巻き付いた杖のマークがついたメダルが赠呈され、记念讲演が行われる。ちなみに第1回选考时には世界18カ国に1,300通余りの推荐依頼状が発送された。缔切までに十数カ国から147件の推荐があり、国内外の117名の优れた研究者が候补に挙がった。候补者に対し、业绩调査と四次にわたる审査を行った结果、审査委员会で2名が全员一致で推挙された。审査委员会は委员长および学内外から选出された18名の委员で构成されている。
福澤諭吉はドイツから帰国した北里柴三郎が伝染病研究所設立を政府に訴えた時、私財を投じて研究所の設置を援助した。日本初の結核専門病院開院にも土地を提供した。北里は福澤の恩に応えて、慶應義塾医学部の創設に携わり初代医学部長となっている。こうした歴史も庆应医学赏につながっているのではないだろうか。
(元広报室长 石黒敦子)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。