1991年度の卒业生から「卒業証書」は「学位記」と名を変えた。これは学校教育法と大学設置基準?学位規則が改定されたことによる。この改定によって学士の称号として、たとえば文学部の卒业生はすべて「文学士」と称されていたのが、「学士(哲学)」「学士(図書館?情報学)」と専攻にそって称される学位となった。英語表記でも同様で、Bachelor of Arts in Letters であったのが、Bachelor of Arts in Philosophy、Bachelor of Arts in Library and Information Science となり修めた学問が明確になったといえよう。
その后の学位记の大きな変革は2020年度から従来の縦书きから横书きに変わったことである。
时代の流れのなかで国际化対応として学位记についても日英併记の必要性が高まったことが大きな要因であろう。紺地に赤のラインの入った1961年度から使われている学位记のカバーは赤ラインがなくなり、用纸を縦に使ってペンマーク、学位记、授与文、日付、大学长と学部长署名で和文表记が终了し、それに続いて英文表记で同様に授与文、学位、大学长と学部长の英文署名という形式となっている。时の移り変わりとともに卒业証书(学位记)も変化してきたといえる。
卒業証書の変遷を辿るうえで意外に気づかれていない変化がある。それは用紙に透かしが施されたことである。「慶應」「義塾」と2行の透かしは1985年度の卒业生から開始された。偽造防止の観点からと思われる。福井県吉田郡永平寺町にある永平寺の門前に、越前手漉和紙?石甚がある。そこに慶應義塾の学位記の透かしの漉き枠が展示されている。永平寺詣での折に立ち寄っていただければと思う。その後、透かしも含めて印刷業者で印刷されるようになっている。
学位记には卒业年度と创立年が上下に书かれたペンマークが记されている。ご存じのように、ペンマークは明治18年顷、塾生たちがペンを交差させて帽子につけ始めたのが始まりである。その数年后の明治23年、大学部発足の顷から卒业証书には味のあるペンマークが描かれるようになった。羽根ペンと木ペンを交差させてリボンで结わえてあるペンマークの下侧に、月桂树とオリーブの枝が配されているものである。上侧には篆书体で庆应义塾(のちには庆应义塾大学)と囲うように书かれている。ペンを交差させた现在にいたるペンマークは明治期から使用されているにもかかわらず、ペンマークそのものではなく、この絵柄が大正期、昭和期にいたるまで卒业証书に使われていたのは、いかにも庆应义塾らしい。赏状サイズの卒业証书に义塾らしい风格と个性を生んでいた。この絵柄は『庆应义塾史事典』の「ペンマーク」の项に掲载されているので、兴味のある方はご覧いただきたい。
(元広报室长 石黒敦子)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。