画像:図書館旧館 免震レトロフィット工法イメージ図(建物下に免震層を構築)
1995年(平成7年)1月17日、阪神?淡路大震灾が発生し、同年「建筑物の耐震改修の促进に関する法律」が施行された。社会的にも耐震化への取り组みはこの年を境に、促进されることとなる。
庆应义塾では、平成7、8年に、校舎や病院など学生?生徒?不特定多数の人が多く使用する建物で、新耐震基準が制定された昭和56年以前の建物を対象に、100栋程の耐震诊断を行った。その结果、庆应义塾が保有する建物の半分が耐震不足であるという诊断结果であった。当时の庆应の建物は、昭和30、40年代に建てられた建物が多く、古い构造基準による建物がほとんどで、当时の执行部は危机感も持っていた。施设の整备は、一朝一夕でできるものではないため、それ以来、継続して耐震対策に取り组むことになる。なお「耐震化率」とは、保有する建物の中で、居室のない机械室?仓库などの建物、200㎡以下の建物、未使用建物を除いたもののうち、耐震性を有する建物の割合である。
耐震への取り组みというと、耐震补强を行うのだが、それと合わせて、建物自体の建て替えも进めている。
本格的には、2004年から主だった大学や一贯教育校の校舎の耐震補強を4年間で集中的に行った。2008年の創立150年では、記念事業として多くの建物が建て替えられた。建て替えは、老朽化した建物の更新、新たな教育?研究の実現、施設環境の整備といった目的で行われるが、耐震問題の解決といった意味もある。新たに建てられる建物に対しては、大規模な建物は免震構造にしたり、一般建物に比べて、安全性や構造性の優れたものを採用することとしている。2011年には東日本大震災もあり、より堅牢な建物を計画するようにしている。
最も困难とされていた病院施设も2011年より既存栋の耐震补强から顺次取り组み始め、2018年、1号馆竣工によって、病院の耐震化は完了した。
この结果、庆应における耐震化率は徐々に上がっていき、2006年に70%、2008年に80%、2012年に90%を超えた。それ以降も、小规模な建物や使用の少ない建物、远隔地などの耐震化が徐々に进められている。
最后の大物が、図书馆旧馆の耐震化であった。重要文化财であり、レンガ造りで、明治期の建物という特殊な条件の建物である。免震レトロフィット方式を採用し、保存修理も施した。2年2カ月かけて改修工事を実施し、2019年5月に完了した。
耐震化の取り组みは、費用も多大にかかり、困難な状況の工事も多い。このように、1995年に耐震化率50%だったものが関係者の取り組みにより、四半世紀をかけて2020年にようやく100%を達成した。
(管财部 渡辺 浩史)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。