画像:庆应义塾外国语学校創立50周年記念式典(1992年)
平成27年8月、73年にわたって义塾の语学教育の一端を担ってきた外国语学校がその语学学校としての幕を闭じた。しかし、その内容と精神は今も大学外国语教育研究センター「公开讲座庆应外语」に引き継がれている。
庆应义塾外国语学校は昭和17年10月に設置された語学研究所(現在の言語文化研究所)の付属機関として設立された。当時、慶應義塾の言語研究は英語英学を中心としていたが、日中戦争から太平洋戦争へ移る時代の中で西欧の言語とともに東南アジア諸国の言語に対しても本格的な研究と教育に取り組むために設立されたのが語学研究所であった。そして、その研究成果によって高度な語学教育を行うことを目的として設置されたのが外国語学校であり、同年10月17日に東京府から当時の各種学校令による学校として認可を受けた。
この学校の特色は、第1に入学资格を旧制中学4年修了者とし、性别、年齢、职业を问わず、希望と能力に応じて幅広く社会人を入学させたことである。当时、中学校以上は男女共学が一般的ではなかったため「女子语学研究所练习生」クラスを设けて女子学生を受け入れた。
第2の特色は、西欧の言语とアジア诸言语を合わせて21カ国语にもおよぶ多彩な语种を拥していたことである。日本の学校に入学しようとする外国人のためには日本语が设置されていた。さらにその讲师阵には、初代外国语学校校长に西脇顺叁郎、主事には井筒俊彦というまさに当代一流の学者たちが就任している。
昭和31年には、文部省令であらたに制定された各种学校规程による各种学校として认可された。その后、外国语学校は社会に开かれた义塾の外国语教育机関としての役割を果たし続け、平成8年には在籍者数が1,497名のピークに达したが、その顷から时代は国际化?グローバル化が进み、外国语教育の革新が起こる中で、外国语学校内でも新たな改革构想が具体的に検讨し始められた。长い年月と多くの议论が重ねられた结果、平成25年4月、大学の语学教育研究を担う外国语教育研究センターとの组织统合が行われ、この年の10月から外国语学校の授业とは别に、各种学校规则に缚られることなく社会のニーズに合った制度変更やカリキュラム改革を自由に行える外国语教育研究センター「公开讲座庆应外语」が外国语学校と同じ内容でスタートし、外国语学校はこの时から新入生の入学を停止した。
そして在学生が卒业等ですべていなくなったあと、平成27年8月7日に外国语学校は廃止され、现在その役目は13カ国语、170を超える讲座を设置する「公开讲座庆应外语」にそのまま引き継がれている。
(研究室主事 多田重文)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。