画像:旧南校舎と浜木绵
正門前の南校舎は創立150年事業の一環として2011年3月に竣工し、4月から使用を開始した。建替え前の昭和34年竣工の南校舎と同様、中央には正門から中庭に抜ける大階段が設けられている。地下1階、地上7階で、大小あわせて45教室に加え、680名収容のホール、学生食堂カフェテリア、教職員のサロンである「社中交歡 萬來舍」なども設けられ、7階には予約制のグループ学習室や個人で自由に学べるラウンジと見晴らしのよいテラスが作られた。
以前に比べて床面积が増え、前に张り出し、正门にぐんと近づいたため、校舎前にあったさまざまな植栽は移植が検讨されることとなった。旧南校舎は创立100年事业で南侧の壁を崩して新たに正门を作ると同时に正面に位置する建物として建设された(それまでは东门、いわゆる幻の门が正门であった)。
创立100年を记念して、冈山の両备グループ2代目社长の塾员松田荘叁郎氏からは2本のオリーブが寄赠され、和歌山の塾员柳弥五郎氏からは浜木绵が寄赠された。柳氏は、戦时中海南市の名物市长として知られていた人である。いずれも南の植物であったので、根付くかどうか悬念されたが顺调に育ち、校舎前を彩っていた。その后1961年には、ハーバード大学のジェームズ?B?コナント学长が寄赠、植树したタイサンボクや、1986年、庆应义塾商工学校同窓会より赠られたつつじとさつきも加わり、植栽は豊かになっていった。
2009年、南校舎の建替えに伴い、2本のオリーブのうち1本を演説館北側に移植、100株以上に育っていた浜木綿はわずかを正門警備室脇に移植したほか、慶應義塾女子高等学校に隣接する西別館の屋上に移した。本来日当たりのよい場所を好む植物にとってはよい場所だが、目に触れなくなったのは残念である。 3本あったタイサンボクのうち1本も演説館北側のオリーブの隣に移植され、白い大きな花が演説館とよく似合っている。つつじやさつきは数を減らして、福澤公園内に移植され、春には鮮やかな花をつけている。
また南校舎から警备室に少し寄った场所には、1980年3月に、定年退职を控えた池田弥叁郎文学部教授が植树したタブの木があった。师である折口信夫がこよなく爱したタブの木を叁田への置きみやげとして植树すると、演説馆前の30本とともに计80本寄赠されたが、建替え时には、约10本に减り、そのなかの移植に适した数本を演説馆北侧に移した。タブの小さな杜の前には、庆应义塾国文学研究会による铭板があり「たぶの木のふる木の杜に入りかねて 木の间あかるき かそけさを见つ 迢空」と折口の歌が刻まれている。
(広報室 石黒敦子 )
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