执笔者プロフィール

土屋 大洋(つちや もとひろ)
その他 : 常任理事
土屋 大洋(つちや もとひろ)
その他 : 常任理事
1990年代半ばにインターネットの商用化が始まった顷、「インターネットはアメリカのものだ」とよく言われた。正しくもあり、まちがってもいるとも思うが、いずれにしても、その前はどうだったのか気になって调べ始めた。
すると、19世纪には大英帝国が电信のネットワークを世界中に张り巡らせており、およそ3分の2を牛耳っていたことがわかった。最初の海底ケーブルが英仏间のドーバー海峡に敷设されたのは1851年で、庆应义塾创设の7年前である。
そこから海底ケーブルを探す旅が始まった。
本书は、私が国境なき医师団(惭厂贵)の紧急対応コーディネーター(现场の活动责任者)として、2024年8月から9月にかけてガザに入って人道医疗援助活动をした记録で、ガザの人々が日々直面している问题やその背景についても言及している。より多角的な视点でガザの问题点を考察し、その意味するところを具体性をもって浮かび上がらせたかったからだ。
海底に埋める技术が未熟だった时代の古いケーブルは、浅い海の海底で见ることができる。例えば、1902年にハワイに最初につながった海底ケーブルは、ワイキキ?ビーチ近くの海底にまだある。
しかし、现代の海底ケーブルは、渔网や锚で切られないようにかなり深いところに行かないと见られない。その代わり、私は海外出张の度に陆扬局と呼ばれる陆上の设备を探すようになった。文字通り、海底からケーブルを引き上げるための施设だ。
冷戦时代の陆扬局は、核兵器が落ちても生き残れるように地下化されていた。米国で见せてもらったその时代の陆扬局は军の基地の中に作られていた。现代の陆扬局はもっと简素で窓のない建物が多いが、安全保障上の理由から场所が秘密になっていることも多い。
大日本帝国の时代の陆扬库もひっそりと各地に残っている。北海道の稚内の陆扬库は樺太とつながり、根室の陆扬库は北方领土とつながっていた。石垣岛は台湾とつながっていた。海底ケーブルから见直す日本の近现代史はとてもおもしろい。
しかし、戦时には切られてしまうのが海底ケーブルだ。2つの大戦でもいくつかのケーブルは开戦とともに切られた。近年、バルト海や台湾近海でケーブル切断「事故」が相次いでいる。货物船や渔船がケーブルを引っかけて切ってしまうのだが、本当に事故なのかは疑わしい。
日本のような岛国にとっては、现代の国际通信の99パーセントは海底ケーブルを通る。情报社会の生命线と言って良いのが海底ケーブルだ。
土屋 大洋
日本経済新闻出版
284页、2,860円〈税込〉
※所属?职名等は当时のものです。