午夜剧场

慶應義塾

『正宗敦夫文集1 ふぐらにこもりて』

公开日:2024.11.22

执笔者プロフィール

  • 小川 刚生(编注)(おがわ たけお)

    文学部 教授

    小川 刚生(编注)(おがわ たけお)

    文学部 教授

正宗敦夫(まさむねあつお)(1881~1958)は冈山県出身の歌人?国文学者。中央文坛で活跃した长兄白鸟(はくちょう)と対照的に、半农半渔の小村で静かな生涯を送った。晩年乞われて大学の教坛に立つが、姿は村夫子(そんぷうし)そのものであったという。

しかし、打ち立てた学绩は実に大きい。万叶集を表记でも训でも検索可能にした『万叶集総索引』の编纂、広く読书人に向けた「日本古典全集」266册の刊行、そして贵重な资料を散逸から防いだ正宗文库(まさむねぶんこ)の设立。これらの伟业がほぼ独力で、かつ交通不便な地方で成し遂げられたのは惊かされる。

とはいえ、敦夫は功を夸らない。「私の足跡は后から来る人の道しるべに成ればそれでよい」と语り、生前に1册の论文集も出さなかった。ただ、正宗文库は长く地域の文化の光源となることを愿った。遗族が守ってきた文库调査に助力した者として、遅きに失したが、敦夫の遗稿をまとめて世に出すことにしたのである(「ふぐら」とは文库のこと)。

もちろん、その文章は埋もれさせるには惜しい価値がある。内容は和汉の古典籍につき创见に満ちたもの、文体は素朴で何とも言えないユーモアと温かみがある。

敦夫には理解者もいた。森鸥外、井上通泰(みちやす)?柳田国男兄弟、与谢野寛(鉄干)?晶子夫妻、山田孝雄(よしお)、斋藤茂吉と、錚錚たる人物である(彼らとの交流を缀った文章も収めた)。

実は、そこに塾员も贡献していた。敦夫の讲义ノートを『金叶和歌集讲义(きんようわかしゅうこうぎ)』と题して刊行した斯道文库教授の故平泽五郎(ひらさわごろう)氏がいる。『万叶集総索引』の数十万枚の语汇カードを原稿用纸に清书した川野道明(かわのみちあき)氏も文学部の学生で、与谢野寛の推荐で正宗家に住み込んだ。敦夫とは何の縁もないのに、我が事のごとく协力したのである。

正宗敦夫の仕事を、庆应义塾の人间が世に出したことは一佳话にとどまらない。このような地盘が筑かれたからこそ、万叶集に限らず、その后の古典研究の裾野は広がり、高みに达したと言える。真の学问の受益者は后世にしかいない。基础学を荒廃するに任せ、学问は金銭に余裕ある者に许されると言わんばかりの风潮は愤怒に堪えない。

小川 刚生

东洋文库(平凡社)

320页、4,400円(税込)

※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。