执笔者プロフィール

高桥 义彦(たかはし よしひこ)
その他 : 北海学園大学法学部准教授塾员

高桥 义彦(たかはし よしひこ)
その他 : 北海学園大学法学部准教授塾员
かつて日本では「ブーム」といっていいほど、19世纪末から20世纪初头のウィーン文化に関心が高まった时期がある。ショースキー『世纪末ウィーン』、ジョンストン『ウィーン精神』などの名着が次々翻訳され、また世纪末ウィーンをテーマにした美术展も开催された。
「世纪末ウィーン」と闻いて、クリムトやシーレの官能的な絵画、ワーグナーやロースの非装饰的建筑、マーラーやシェーンベルクの新しい音楽、フロイトによる无意识の「発见」、シュニッツラーやホフマンスタールら文学の「若きウィーン」派などを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。
シュトラウスのオペレッタ『こうもり』では「どうしようもないことを忘れられる人は幸福だ」と歌われるが、淫靡で豊かで退廃的な世纪末ウィーンの雰囲気が、バブルの絶顶から崩壊へと向かう当时の日本の雰囲気とあっていたのかもしれない。
ではこの芳醇なウィーン文化はいつ灭んだのだろうか?
教科书的にはハプスブルク帝国が第1次世界大戦に败北し崩壊した1918年といえるのだろう。しかし小国として存続した戦间期のオーストリアにおいても、フロイトは娘のアンナとともに精神分析の探究を続けたし、マーラー未亡人のアルマは再婚相手の作家ヴェルフェルとともに文化活动にいそしみ、マーラーの弟子であるワルターは国立歌剧场の指挥台で活跃し、ホフマンスタールはザルツブルク音楽祭の创设に尽力した。帝国は灭んだといえども、文化は生き延びていたのである。
この19世纪末以来の文化の决定的な「终焉」こそが、1938年に生じたヒトラーとナチ?ドイツによるオーストリア併合(アンシュルス)であった。自らオーストリア出身であり、世纪末ウィーン文化の空気の中で育ったにもかかわらず、ヒトラーは祖国を憎み、その消灭を愿った。
本书はオーストリア併合を巡るヒトラーとオーストリア首相シュシュニクの対决を描くと同时に、併合前后の文化状况を作家?音楽家?哲学者など様々な文化人の动向から描き出している。政治?文化と幅広い観点から、この时代に関心を持つ読者に読んでいただければ幸いである。
高桥 义彦
庆应义塾大学出版会
296页、2,970円〈税込〉
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。