执笔者プロフィール

新见 隆(にいみ りゅう)
その他 : 武蔵野美術大学造形学部教授塾员

新见 隆(にいみ りゅう)
その他 : 武蔵野美術大学造形学部教授塾员
キュレーター、という言叶ももはや、世间にも定着したのかも知れない。美术馆?博物馆の専门职员で、作品を集めたり、展示したりする、学芸员という仕事。私は、かれこれ、40年以上、この仕事をやってきて、「お前、一体何屋?なんや」と闻かれたら、「人様の絵を借りて来て、壁にかける仕事」で家族を养ってきた男、と答える。大学で教えているのも、ほぼその方面の事どもだ。
コロナ祸4年で、4册の本を上梓できたので、家长としての威厳は保てたかも知れない。
私は头で考えたり、书物でお勉强したりしたことは、书かない质(たち)。だから、この本には、身体で知っていることしか书いていない。美术作品や造形全般、学芸员としてモノに触れて身体で感じたことを缕缕(るる)书き连ねたものだ。前着までと违うのは、悲愿であった音楽のことが书いてある。书いてあるだけじゃ无く、それが専门の美术とセットにしてあって、それぞれ并べて、比べて、もじって、「かこつけて?」书いてある。
学芸员としての私の得意技も、普段は时代やら、倾向やらで同じ壁に并べて饰られている美术作品を、时?空间を切り离して、远いところから、お互い持ってきて「出会わせる」荒技だから、そういう、「こりゃ、牵强付会じゃないかね?」と、一部の人には讶(いぶか)られる点もある代物だ。
所谓(いわゆる)、美术作品と音楽の同时代性を书いたり、指摘したりしたものは多々あるだろうが、そういう学术的なる见识を披露したものでも无い。谓(い)わば、私个人の体験の中で结びついたモノ同士を、ややユーモア混じりに、面白可笑しく书いたエッセイである。これそのものが批评というのか、极上の文学作品(の、つもり)として成立するように、苦労だけはやってある。
そういう、至高の技を狙ったもの=自信作、なんだが、やはり、一方で、まだまだ「日暮れて、道远し」かも知れない。亡き井上ひさし先生も言っておられる。「难しいことを、やさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く……」と。
だが次着からは、私はもう小难しい芸术エッセイはやめにして、それも、超得意技である、食のエッセイに転向しようかと、思案している。
新见 隆
アートダイバー
392页、3,300円(税込)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。