执笔者プロフィール

山本 英史(やまもと えいし)
その他 : 名誉教授
山本 英史(やまもと えいし)
その他 : 名誉教授
中国清代の官僚、とりわけ赴任地の住民を直接统治する知県とはどんな役人だったのでしょうか。本书は、私の研究上での长年の友人で、みずからが知県を経験した黄六鸿(こうりくこう)なる人物に狂言回しを依頼し、その実态を语ってもらった一般向けの読物です。
科挙に一発で合格した出木杉君の场合、齢20でいきなり何万、何十万人もの住民のトップに立つ者も间々いました。科挙はその人が有徳か否かを认定する试験で、有徳者と见なされれば年齢や経験に関わりなく、その资格が与えられたからです。
しかし、いざ现场で施政を実践してみると、彼らは数々の难しい局面に遭遇しました。勉强ができることでチヤホヤされてきた秀才坊やが海千山千の人间を相手にするには、これまで自负してきた受験能力だけでは太刀打ちできませんでした。知県の理想を一方的に押し付けると、地元は迷惑千万、协力を望めなくなります。かといって地元の意向に安易に妥协すれば、上からは统治能力を疑われ、左迁が待っていました。
「民を视ること子の如し」、つまり知県は民に対して我が子のような爱情で接することを求められました。しかし、それが御题目に过ぎないことを悟ると、自身本来の金欲から民を搾り取りの対象としか见ないようになりがちでした。民の方もそんな知県の性根を见透かすかのように、「金子银子が知県様の爱する子なのだ」とからかいました。ただ民ほど怖いものはありません。搾り取りも度を超すと、物言わぬ民の心にも怨念が溜り、离任时には手痛いしっぺ返しを被る破目になりました。
黄君はそんな若者たちに対し、知県とは何たるかを微に入り细に入り説き明かし、そのノウハウを伝授しました。彼は知県の望ましい姿として、自らを律して民の信を得ること、その上で周囲の人间に対しては、何事もやりすぎを抑え、譲るべきは譲って、その関係を円滑に保つことが大切であり、それが无事知県の职责を全うする秘诀だと力説したのです。
私のこれまでの教员人生を振り返れば、黄君から教えられることが多々ありました。読者の皆様がこの书に関心を持たれ、みずからの人生の指针としていただければ、黄君もさぞかし喜ぶに违いありません。
山本 英史
东方选书
298页、2,640円(税込)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。