执笔者プロフィール

片山 杜秀(かたやま もりひで)
法学部 教授
片山 杜秀(かたやま もりひで)
法学部 教授
1963年生まれである。东宝のゴジラ、大映のガメラ、松竹のギララ、日活のガッパ。60年代后半に怪獣映画を浴びるように见て育った。そのうち憧れてやまない作曲家と俳优がひとりずつ出来た。俳优の方は平田昭彦さん。1954年の『ゴジラ』(つまりシリーズ第1作)で、かの水爆大怪獣と东京湾の海底で心中してしまう天才科学者を演じた。小学生の顷にファンレターを差し上げ、以来、平田さんが舞台出演すれば、楽屋に花束を持って駆けつけた。陆军士官学校から旧制一高、东大法学部、叁菱商事と进んだのに役者へ。
戦争の翳を背负った特别な人で、子供の私にはいつももっと身体を锻えるようにと注意を与えてくれた。
作曲家の方は伊福部昭さん。やはり54年の『ゴジラ』の音楽を手掛け、以来、特に东宝の怪獣映画や厂贵映画には欠かせぬ存在だった。幼稚园の顷から「ドシラ、ドシラ、ドシラソラシドシラ」という、いわゆる「ゴジラのテーマ」が脳髄に叩き込まれ、やがて伊福部が映画の仕事もするクラシック音楽の作曲家と分かると、伊福部のシンフォニーやコンチェルトを聴きたくて、レコードを集め、コンサート通いも始めた。小学生から中学生にかけてのことである。大学生のときには御縁ができ、世田谷の尾山台の御宅に通い詰めるようになった。当时、伊福部さんは口述をベースに自伝を缠める计画をお持ちで、その闻き役とまとめ役に私が拟された。ついに仕上がらなかったのだけれど。でも、その后もずっと、音楽评论家の立场で、コンサートや作品の颁顿録音にずいぶん関わらせていただき、20年以上にわたって、お话を伺えた。亡くなったのは2006年。そろそろまとめどきか。客観的な评伝らしい评伝はまだ先としても、尾山台での伊福部さんの语りをなるたけそのまま活かしつつ、大正时代の北海道でのロシア人や中国音楽やアイヌとの出会いによって育まれた、伊福部昭という人のあまりに独自な音楽のありよう、そうでなければ生まれ得ぬあのダイナミズムとヴァイタリティについて、本人の独特な物の考え方もたっぷりに、なるたけ生々しく伝えられないか。伊福部の声が少しでも遗せれば。そんなつもりの至らぬ本です。
片山 杜秀
新潮社
368页、2,970円〈税込〉
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。