执笔者プロフィール

木村 昌人(きむら まさと)
その他 : 関西大学客員教授塾员

木村 昌人(きむら まさと)
その他 : 関西大学客員教授塾员
100年前の関东大震灾については様々な形で语られてきましたが、人文?社会の书籍と论文の多くは、东京、横浜の被害状况と日本経済に及ぼした短期的な影响、后藤新平内务大臣の首都再建计画を中心とした帝都復兴とそれをめぐる政治的駆け引き、风评により生じた朝鲜人や无政府主义者の虐杀に焦点をあてています。今までの研究で抜け落ちていたのは、経済活动の担い手である実业家?公司?财界の视点と活动です。
そこで本书では、始めにあまり知られていない震灾直后の迁都论、とくに陆军中枢部の今村均少佐の迁都计画を绍介した后、内外の経済界(実业家や公司)の活动を详しく分析しました。つまり、経済活动の担い手である実业家?公司?财界という「民」が大震灾に対してどのような復兴构想を持ち、その実现のために「官」(政府や地方自治体)と交渉したか。彼らの构想はどこまで実现したのか。それは近代化を目指した日本社会や日本を取り巻く国际社会にどのような影响を与えたのか。と同时に被灾地以外の日本の地方や世界の経済界は震灾に対してどのように反応したのかを内外の资料に基づき明らかにしようと考えたわけです。
各地の公立図书馆での调査で兴味深かったのは、秋田魁新报、河北新报、神戸又新(ゆうしん)日报、関门日日新闻など地方纸の记事でした。まず商业会议所を中心とする财界の迅速かつ积极的な支援活动には惊かされました。次に各地域での震灾のとらえ方の违いがよくわかりました。大阪、神戸など関西以西の経済界は、震灾后は大阪が日本経済の中心地になると考え、东京、横浜を通らず直接东北地方と西日本経済圏を结ぶ交通网(鉄道と海运)の整备を强く要求していました。また各公司の「社史」には悲喜こもごもの生々しいエピソードが描かれ迫力がありました。
このようにグローカルかつ长期的な视点に立って関东大震灾の復兴过程を分析すると、1920年代の植民地を含む日本帝国全体の経済地図を涂り替えるほどのもう1つの近现代史が生まれる可能性があったことがわかりました。今后想定される首都直下地震や南海トラフ地震への対策についても示唆を得ることができるでしょう。
木村 昌人
ちくま新书
320页、1,100円〈税込〉
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。