执笔者プロフィール

舘野 泉(たての いずみ)
その他 : ピアニスト塾员

舘野 泉(たての いずみ)
その他 : ピアニスト塾员
2015年の9月から21年の10月まで全74回の连载を『音楽の友』誌で続けさせて顶いた。はじめの24回は「80歳の屋根里部屋」という题でいろいろな作曲家たちとの関わりを、あとの50回は特にテーマは设けず「ハイクポホヤの光と风」と题して折々の感慨を书き连ねたものである。ハイクポホヤとはヘルシンキの北230キロの中部フィンランドにある私の别荘。毎年夏の2カ月を妻のマリアと2人だけで静かに过ごすが周囲は森と湖だけで人と会うこともほとんどない。水道はなく饮み水には涌き水を使っていた。
1册の本にするにあたって内容を2つに整理してみた。1つは长い人生で関わりを持った作曲家たちのこと、もうひとつは演奏家として歩いた国々とそこで出会った人达ということになろうか。演奏しながら旅を続けるピアニストの姿はある意味修行僧や托鉢僧みたいなもので、その中に浮かんでくる様々な人や自然との関わりは一期一会のものである。
「人は死ぬために生まれてくる」。南太平洋の岛で原住民の古老が语った言叶で知の巨人と言われた立花隆は大きな感铭を受けた。アメリカの先住民族ナヴァホ族の创世神话ではニルチッイ?リガイという风の神がこの地上に生きるものすべての诞生の时に生命を与えてくれるという。人はその体内を风が吹いている间だけは生き、风がやめば言叶を失い、死ぬ。间宫芳生の作品「风のしるし」はこの言叶に触発されて生まれた。かと思えば戦中召集された中田喜直は「どうせ死ぬのなら知的な死に方をしたいと思い航空队を志愿した。见送った方々に生きて帰れるよと言われたが、そんな気休めを言っても駄目で、生きて帰れるなんてあり得ないのだ」と乾いていた。その中田は戦后作曲界に復帰し「夏の思い出」や「雪の降る街を」などの名曲を世に遗してくれた。作曲家には林光や吉松隆のような塾在籍者もいて、それぞれが吐露している内心の姿も书いておきたかった。
执笔中の3月26日に妻マリアが世を去った。癌だった。最后の3週间は痛みや苦しみもなく自宅で共に过ごした。病床の隣の部屋で新たに20章を书き下ろしピアノを弾く姿を见ていてくれた。いつものように。
舘野 泉
音楽之友社
272页、2,530円(税込)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。