执笔者プロフィール

藤原 さと(ふじわら さと)
その他 : 一般社団法人こたえのない学校代表塾员

藤原 さと(ふじわら さと)
その他 : 一般社団法人こたえのない学校代表塾员
2020年以降新しい学习指导要领が顺次导入され、探究という言叶が多く使われるようになった。しかし、现场の教师たちはなぜ探究なのか、どのように実践すればよいのかと不安に感じている。
探究という意味を持つ言叶は、古くはアリストテレス『ニコマコス伦理学』に频出する。また教育の文脉における探究の背景にはプラグマティズムがある。こうした系谱を持った「探究する学び」は、さまざまな形で全世界に広がっている。本书は、こうした学びの中で代表的なものを绍介しつつ、その共通する构造や违いについて考察したものである。
教师でも教育学者でもない私が、なぜこんなものを书くのか。そのルーツは大学1年生のときにあったように思う。考古学を学びたいと1989年に文学部に入学した私は、同年8月にパキスタンに行き、イスラム教のあり方や激しい贫富の差に触れる。11月にはベルリンの壁が崩壊。私は転部し、2年生から法学部政治学科で学ぶこととなった。
しかし、日吉に残ったものの、竞技场で寝てばかり。入りたいと思った唯一のゼミが顿をとった公共选択を教える田中宏先生のところという悲剧。最初は当然落とされたが、先生に直谈判して入れてもらった。ゼミでは正义论に関する本を読み、半泣きでプラトン『国家』について卒论を书いた。コーネル大学の大学院に行くがそこでも挫折。それから15年后、子育てをきっかけに教育に関わるようになる。
そこで惊いたのが、学部时代と今やっていることのあまりの近さである。前着『「探究」する学びをつくる』では公正を中核概念においた学校カリキュラムについて书きながら、プラトンの正义がどんどん迫ってきた。今回も教师たちの协働について考える中で、ロールズが傍にいるようだった。さまざまな考え方を持つ人々がどのようにして宥和できるのかということは今となってはほとんど私の一生のテーマである。
20歳前后で出会うものは一生を左右すると闻いたことがあるが、まさにその通りである。あてもなく彷徨っているように感じていたが、こうやって戻ってくるという不思议にただただ包まれている。
藤原 さと
平凡社
304页、2,860円〈税込〉
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。