执笔者プロフィール

吉川 浩満(よしかわ ひろみつ)
その他 : 文筆家、編集者塾员

吉川 浩満(よしかわ ひろみつ)
その他 : 文筆家、編集者塾员
これまで「大人の自由研究」――子どもが夏休みの宿题で行う自由研究の大人版――のようなつもりで本を书いてきた。『心脳问题』では脳科学、『理不尽な进化』では进化论、『人间の解剖はサルの解剖のための键である』では生命科学と认知科学について调べてまとめた。
それがこの夏、『哲学の门前』という、少し毛色の異なる本を出すことになった。
本书では、优れた専门家の仕事について调べるのではなく、私自身の平凡な経験を考察対象とすることに挑戦してみた。夏休みの宿题业界において自由研究と双璧をなすのが絵日记だとするなら、いわば「大人の絵日记」である。
雑誌连载がベースにあったせいか、幸いにして生みの苦しみはそれほどでもなかったが(连载时にすでに十分苦しんだ)、最后までモヤモヤしたことがある。文体(文末処理)の问题である。
『哲学の门前』は、私自身の見聞や経験を語る体験談パートと、それを学者や作家の力を借りて分析する考察パートを交互に織り合わせる構成になっている。試行錯誤のすえ、体験談パートは「である体」、考察パートは「です?ます体」と書き分けるかたちになった。
ちょっと困ったのは、「普通は逆ではないか?」という疑念を拭えなかったことである。一般に、「である体」は客観的、「です?ます体」は主観的な文章とされている。本书はその逆ではないかと。この疑念は刊行后もくすぶりつづけた。
そんな私の救世主となったのが、本书のひと月后に出た平尾昌宏氏の『日本语からの哲学――なぜ〈です?ます〉で论文を书いてはならないのか?』(晶文社)である。
平尾氏は同书で、「である体」は他者不在で成り立つ闭じた原理、「です?ます体」は二人称の「あなた」との间で初めて成り立つ原理によると论じる。それだ! 确かに私は、体験谈はあくまで私だけが语ることのできる小话(アネクドート)として、他方で考察は読者との共同研究の叩き台として提示したいと思っていた。これでよかったのだ。
靄が晴れた気分である。おかげでぐっすり眠れるようになった。
吉川 浩満
纪伊国屋书店
272页、1,980円〈税込〉
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。