执笔者プロフィール

碧海 寿広(おおみ としひろ)
その他 : 武蔵野大学准教授塾员

碧海 寿広(おおみ としひろ)
その他 : 武蔵野大学准教授塾员
私は学部生时代から仏教に関心を持ち、やがて研究者を仕事に选んで仏教関连の本を书くようになった。本书が5册目の単着である。こうしたキャリアの人间としてはやや异例なことに、学部は経済であった。
仏教、というよりも仏教を含めた思想?哲学的なもの全般に兴味を抱くようになったきっかけは、坂本达哉先生(现在、庆应义塾大学名誉教授)の経済思想の讲义で、アダム?スミスの学问を知ったことにある。先生の讲义から、人间や社会について深く思想することの面白さを教わったのだ。
その后に紆余曲折を経て、仏教を通して人间や社会を熟虑するという、自分の学问のスタンスが确立した。アダム?スミス(に関する讲义)に触発された结果、仏教研究者になった人间は、稀だと思う。いずれにせよ、今の私の学问に、庆应の経済学部のリベラル?アーツ的な要素は、确実に影响を及ぼしている。
本书にしてもそうだ。亲鸞をテーマにした従来の学问的な本は、仏教史の研究者や浄土真宗の学僧が书いたものが多い。それらの本は、亲鸞がいかにして自身の教义や思想を形成したのかを、歴史学や仏教学の手法によって解き明かしてきた。
それに対し、拙着では亲鸞という中世の僧侣の教えを、后世の者たち、とりわけ近现代の时代を生きた人々が、どのように受け止め、これを自己の人生の指针にしてきたのかを、多面的に论じた。
明治から大正时代の顷より、亲鸞は教养人のあいだで一种のスターとなる。つまり、リベラル?アーツ的なものを重んじる人々のなかに、亲鸞に倾倒する者が数多くいたのだ。
彼らは、『叹异抄』という亲鸞の言叶を伝える书物を通して亲鸞に「弟子入り」し、自らの思考を锻え上げ、自己の人生を省みた。
拙着では、そのように『叹异抄』の読书を介して亲鸞を考えた人々の轨跡をたどり、「日本人にとって亲鸞とは何か」、「亲鸞はなぜ日本人に人気なのか」という问いを探究した。
「无宗教」を自认する人の多い现代の日本でも、依然として亲鸞の思想は教养として重要だと思う。亲鸞ほど、日本人の肌感覚に即した仏教を语った人物は、ほかにいない。
碧海 寿広
新潮选书
240页、1,595円〈税込〉
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。