执笔者プロフィール

渡辺 直纪(訳)(わたなべ なおき)
その他 : 武蔵大学人文学部教授塾员

渡辺 直纪(訳)(わたなべ なおき)
その他 : 武蔵大学人文学部教授塾员
ある日、韩国留学时代の后辈の郑钟贤氏からメールを受け取った。日本の出版社から自着を翻訳したいとオファーが来た、ついては翻訳をはじめ诸般の対応を頼む、という内容だった。原着が出た一昨年6月の直后に、私はソウルで彼と会い、直接本の寄赠を受けていた。母校?东国大近くの冷麺屋でのことだった。同席した面々によると、本书が刊行后とても评判で、着者もインタビューなどで大忙しとのことだった。ただ私はそのことよりも、彼がポスドク研修で京都に1年滞在して以来の作业──帝国大学朝鲜人留学生研究の成果の一端が、ようやくまとまって公刊されたことの方が嬉しかった。
これまで、植民地時代の日本留学生や東京留学生の研究は韓国でも日本でもあった。そこで朝鮮半島からの日本留学生といえば、開化期は慶應義塾、植民地時代は早稲田と決まっていた。しかし植民地体制が定着し、また独立してからもしばらくの間、朝鮮半島の政官財界?学界の中心にいたのは帝大出身者だった。とくに三高は植民地出身者に開かれていて帝大卒业生の中でも多くを占めた。
本书のタイトルから见て、硬派の内容を想像する方も多いだろう。本书はそのような読者の期待に対しても十分に応えている。だが一方で本书に织り交ぜられた、朝鲜人帝大出身者らにまつわる数多くのエピソードは、読者たちの歴史理解を平板なものに终わらせない。たとえば、进路选択などで、父亲との葛藤が絶えなかった歴史家?崔南善(チェ?ナムソン)の叁男?崔汉俭(チェ?ハンコム)が、结局、朝鲜戦争のときに人民军とともに北朝鲜に渡るものの、その数年后に南で他界した父亲の葬仪の弔问に、日本の友人を代わりに送るくだりなどは感动的でさえある。
本书では东京帝大と京都帝大出身者について详しく绍介?分析されているが、さらに他の帝大に范囲を拡げると、もう少し复雑なマッピングが可能になるかもしれない。また単に出身者の动きだけでなく、日本のアカデミズムが解放后の朝鲜半岛の南北と交渉した歴史も分析すれば、东アジアの一角における〈知〉の言説形成の経纬が明らかにできるかもしれない。本书はその叩き台を韩国や日本のアカデミズムに提出したと言えるだろう。
渡辺 直纪(訳)
庆应义塾大学出版会
352页、3,740円〈税込〉
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。