执笔者プロフィール

西野 智彦(にしの ともひこ)
その他 : TBSホールディングス常勤監査役塾员

西野 智彦(にしの ともひこ)
その他 : TBSホールディングス常勤監査役塾员
就职先の通信社で日银担当记者を命じられたのは、1988年10月だった。右も左も分からぬまま、着任2カ月后に突如平成の幕が开き、その后、バブル崩壊から金融危机、未曾有のデフレへと日本経済は転げ落ちていく。96年に放送局に移った后も経済报道に携わった私は、この歴史的な金融动乱を后世に书き记すことこそがジャーナリズムの务めだと思い、浓密な検証取材を続けた。今回上梓した「ドキュメント日银漂流」もそうした作业の一环である。
思えばこの30年で、日本経済は見る影もないほど変わってしまった。かつて「Japan as Number One」と称されたのが嘘のように、バブルの後遺症で不良債権の泥沼に喘ぎ、世界最悪の公的債務を抱え、潜在成長率の趨勢的低下に苦しむ。そんな極限の状況下で、よりによってコロナ危機の直撃を受け、財政は今や底が抜けた状態にある。それでも経済が何とか回っているのは、日本銀行が異次元緩和という「魔術」を駆使し、通貨を大量に撒いているからだ。
ただ、「魔术」だけにリスクも大きく、いずれ重い副作用をもたらすのではと案じる専门家も少なくない。
このような异例、异形の政策が、なぜ导入されることになったのか──。私は、过去に遡り彻底的に调べる必要があると考えた。この先、経済や暮らしが元に戻れば良いが、万が一、子や孙たちが想像以上の経済的苦难に直面し、「どうしてこんなことになったのか」と疑问を抱いたとき、その答えを探す糸口を残しておいた方がいいと思ったからである。
详しくは拙着に记したつもりだが、大まかに振り返ると、バブル崩壊と1997年の日银法改正が迷走の発端となった可能性が强い。歴史の教训に倣って政治的独立を目指した中央银行が、奇しくも同じタイミングで起きた金融危机と、その后のデフレによって「后退戦」を强いられ、意図せざる异次元缓和の世界にずるずる引き込まれてしまったのだ。
将来の検証に供するため、拙着では一切の论评を控え、いつ、どこで谁が何をしたかを记録することに専念した。できればこれらのファクトから民主主义下の中央银行と通货管理の难しさを感じ、そのあるべき姿を広く议论してほしいと愿っている。
西野 智彦
岩波书店
360页、2,750円〈税込〉
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。