执笔者プロフィール

志村 真幸(しむら まさき)
その他 : 南方熊楠顕彰会理事その他 : 非常勤講師塾员

志村 真幸(しむら まさき)
その他 : 南方熊楠顕彰会理事その他 : 非常勤講師塾员
南方熊楠に関わることになったのは偶然からだった。叁田の文学部から京都の大学院に进学した私は、観光の歴史を研究するつもりだった。ところが、指导教员が熊楠の资料调査に関わっており、助手として动员されたのである。
熊楠は、明治から昭和初期に活跃した生物学者?民俗学者として知られる。后半生を过ごした和歌山県田辺市の旧邸には遗品がほぼ手つかずで残り、本格的な调査が始まったのは、1990年代半ばのことであった。私が2001年に初めて访れたときも、熊楠が标本库?书库として使っていた蔵には、生物のホルマリン渍けや古今东西の书物が雑然と詰めこまれた状态だった。蔵のなかに漂うムッとした空気はいまでも忘れられない。そのなかに本书で扱うことになる『ネイチャー』『ノーツ?アンド?クエリーズ』等の雑誌があり、誌面には熊楠の书き入れがびっしりと残されていたのである。
熊楠の英文论文は『ネイチャー』に51篇が掲载され、これは史上最多ともいわれている。彼がロンドンで投稿を开始した19世纪末から、『ネイチャー』は世界最高峰の科学雑誌として知られていた。そこになぜこれほど多数の论文が载りえたのか。欧米の学术界は、熊楠にどのような価値を见出していたのか。
本书では、同时代のイギリスという歴史的な切り口からアプローチを试みた。なかでも注目したのは、雑誌という侧面である。『ネイチャー』は商业誌であり、谁もが自由に投稿できる议论の场として机能した。これによって「科学」への参加者が大幅に広がった。さらに週刊誌として発行されたため、议论が週ごとに进み、科学の発展のスピードが格段に上がる。これらの结果として『ネイチャー』は近代科学を支える基盘的な装置となったのである。
一方で『ノーツ?アンド?クエリーズ』は知识の集积の场として机能し、『オクスフォード英语大辞典』などの编纂にもつながった。
しかし、当时の急速に拡大する世界情势下において、欧米の人材だけでは足りないものがあり、熊楠の活跃が必要となったのである。熊楠がはたした役割の详细については、ぜひ本书を手にとってみてほしい。
志村 真幸
庆应义塾大学出版会
296页、4,000円(税抜)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。