执笔者プロフィール

酒井 忠康(さかい ただやす)
その他 : 世田谷美術館館長塾员

酒井 忠康(さかい ただやす)
その他 : 世田谷美術館館長塾员
この本は、わたしが横尾忠则さんについて书いた文章や対谈などを集めたものである。
早いものは、アメリカの画家ポール?デイビスとの2人展に寄せた図録のテキスト(2001年)だが、もっとも近いものは、时代小説「眠狂四郎」で一世を风靡した〈柴錬〉こと柴田錬叁郎と横尾さんとの奇妙なかかわりにふれた文章(2019年)である。すべて求めに応じて书いたもので、発表媒体やテーマを异にし、原稿枚数も一定ではない。
振りかえってみると、そのつどわたしはこの画家の肖像画を描いていたような気がする。自分でいうのも妙だが、それぞれ寸法は异なるが、描法はまちがいなくわたしのもので、畏まった肖像画というより普段着の画家の姿である。いずれも写実的な手の込んだ油彩画にはせず、ちょっと素描に近いものとなっている。
しかし、横尾さんはいまもなお活火山のごとく喷烟をあげている画家だ。したがって精彩のある生き生きとした表情をしていないといけない――そんな心づもりで、わたしは注文に応じていた。
いささか作品(原稿)がたまったので、ここらあたりで个展でもさせてもらうか、といったようなあんばいで発表の机会(出版)を得たのだが、幸いにも横尾さんの作品を挿図に入れて、视覚的にも愉しめるものとなった。また比较的长い対谈があったので、作家自身の考えているところを知ってほしいと思い、活字に起こして収録することにした。そんなわけで、ちょっと気まぐれなかたちの作家论と解してもらえたら嬉しい。
事実、横尾さんはまったく多才な人である。絵を描き、版画やポスターをつくり、ときには小説まで书く。その合间をぬって讲演やテレビに出演し、そうかと思うと、自分はやはり画家なのだ――とつよく意识するために、あえて公开制作をみずからに强要したりする。そうした创造的なエネルギーの源が、いったいどこにあるのかを画家の生きかたと併せて寻ねたのが、他でもなくこの本になったといっていい。
书名に「――手纸」と付したのは、画家に宛てた手纸のほかに、手纸の形式を借りて书いたエッセイがいくつかあったからである。
酒井 忠康
光村図书
160页、2,000円(税抜)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。