执笔者プロフィール

H?バイロン?エアハート(着)

H?バイロン?エアハート(着)

宫家 準(监訳)(みやけ ひとし)
その他 : 名誉教授その他 : 日本山岳修験学会名誉会長
宫家 準(监訳)(みやけ ひとし)
その他 : 名誉教授その他 : 日本山岳修験学会名誉会長
慶應義塾は2007年に富士吉田市と街おこしに関する連携協定を締結し、中島直人本塾环境情报学部准教授(当時)らが中心となって活躍した。このこともあって富士山が世界遺産となった直後の2013年10月号の本誌「三人閑談」で、同氏と三島市出身の明石欽司法学部教授に私も加わって塾のこの活動や富士山の歴史?文化について話し合った。その折、私が1988─89年にかけて、B?エアハートウェスタンミシガン大学名誉教授(この間本塾訪問教授)と「日本人のアイデンティティとしての富士山」のテーマで共同研究し、彼がその成果を富士山の世界遺産登録活動への一助として出版した本書の原書が話題となった。たまたま出版当時に原書を寄贈した富士山かぐや姫ミュージアム学芸員の井上卓哉氏が独力で翻訳されていた。そこで庆应义塾大学出版会に相談し、私が一部加筆修正して解題する形で刊行していただいた。
富士山は当初、その喷火が畏れられたが、その后万叶集の歌で称えられ、竹取物语のかぐや姫が祭神とされるなどして崇拝された。中世期には役行者(えんのぎょうじゃ)の修行伝承もあって富士村山を中心に修験の山とされ、近世期には吉田の御师(おし)の働きにより富士讲が広まり、各地に富士讲が作られた。またその美しい山容が北斎の浮世絵など芸术の源泉とされ、 输出されて欧州にジャポニズムを齎(もたら)した。
近代には富士は日本一の山と宣扬され国内外に富士の山容に似た郷土富士が诞生した。また切手、纸币などに日本の象徴として使用された。太平洋戦争中は日米ともに戦意高扬に用いられた。戦后は平和と繁栄の象徴として多くの会社が社名に使用した。そして1964年の东京オリンピックには表に五轮、里に富士山、平成の天皇即位10周年には菊纹章の上に富士を配した硬货が作られた。なお本书には过去と现在の富士讲、丸山教、新宗教の富士信仰についても记されている。
来年3月には富士宫市の静冈県世界遗产センターでB?エアハート氏を招いて富士山関连の国际シンポジウムが企画されており、9月には富士市で日本山岳修験学会が开催される。
H?バイロン?エアハート(着)、宮家 準(監訳)
庆应义塾大学出版会
376页、4,500円(税抜)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。