执笔者プロフィール

塩田 潮(しおた うしお)
その他 : ノンフィクション作家塾员

塩田 潮(しおた うしお)
その他 : ノンフィクション作家塾员
2月24日、冲縄県で県民投票が実施され、「辺野古移设反対」が全有効投票数の72%を超えた。だが、安倍晋叁首相は结果に左右されずに移设実现に突き进む构えだ。
米军普天间飞行场移设问题は桥本龙太郎内阁时代の1996年4月の日米返还合意がスタートだったが、23年后の今も未解决だ。なぜこんなに长く迷走が続くのだろう、と2015年10月に『サンデー毎日』编集长との雑谈で口にしたら、「调べてレポートを」とお诱いいただいた。それが本书刊行の発端だった。
とはいえ、冲縄研究の専门家ではなく、过去に连続して调査や取材を行った経験もなかった。「冲縄」の书き手として力不足という自覚はあったが、长年、中央の政治を観察してきて、戦后の歴代政権が冲縄问题とどう向き合ってきたか、そこに兴味を抱いた。政権争夺など権力闘争の里侧で、冲縄问题が「政争の具」とされる场面も少なくなかったが、その点を踏まえ、「内阁総理大臣の冲縄问题」という视点から政権の轨跡を追い、冲縄问题を通して政治の虚実を解析してみたいと思った。
私の冲縄体験は、ノンフィクションの书き手として一本立ちする前、月刊『文艺春秋』记者时代の1981年6月に、琉球政府の最后の行政主席で返还后の初代県知事だった屋良朝苗さんを那覇市の自宅にお访ねしてインタビューしたのが最初だった。だが、それ以前に1度だけ、冲縄に関心を持ったことがあった。
私は1966年から70年まで法学部政治学科に在籍し、中村菊男教授のゼミで学んだ。当时は冲縄の本土復帰前で、返还実现を目指す佐藤栄作首相は、返还后の基地のあり方について、最终的に「核抜き本土并み」を决断する。その际、諮问机関の冲縄问题等恳谈会に设置された冲縄基地问题研究会という14人の有识者の会が先导役を果たした。中村先生はそのメンバーの1人だった。
それから50年、66册目の本で初めて「冲縄」に取り组んだ。大学で政治学を学んだことが执笔?言论活动の原点と思っているが、冲縄返还という现実政治にかかわる仕事に参加し、その一翼を担った中村先生の业绩の记忆が、今回、この本の执笔を后押ししたのは间违いない。
塩田 潮
平凡社新书
312页、900円(税抜)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。