执笔者プロフィール

桃崎 有一郎(ももさき ゆういちろう)
その他 : 高千穂大学商学部教授塾员

桃崎 有一郎(ももさき ゆういちろう)
その他 : 高千穂大学商学部教授塾员
本书を书いた动机は不纯だ。私には别の研究テーマがあった。平安京は古代から政治的なショーを繰り広げるための〝剧场都市?だったが、中世になって武士が政治の主役になった时、それはどう再构筑され、いつ、谁によって、どのようなメッセージを発信するメディアとして机能したのか、というテーマだ。
そのテーマを追究するには、武士が平安京?朝廷の中で生まれたのか、それとも外の地方社会で生まれたのかが、はっきりしている必要があった。そして武士论の専门家たちはその议论を放弃していて、答えが出る见込みがなかった。それでは私の研究全体が挫折してしまうので、仕方なく自分で取り组んだのである。
私は武士成立论の勉强を、ゼロから始めて1年しかしていない。だから不备や间违いはあるだろう。しかし、この本に絶対揺るがない意义があるとすれば、それは「武士はどこから生まれてきたか」というテーマに正面から取り组み、人に提示できるまでの仮説を组み上げ、嚣々(ごうごう)たる非难を恐れず仮説を提示する勇気を奋ったことだ。たかが勇気だが、その勇気をほぼ谁も示さない世界にあっては、无価値ではあるまい。
そうした私の性质を培ったのは、振り返れば庆应义塾の风土だった、といえなくもない。学界で、徒弟制の村社会に见える国立大学の社会的しがらみを目にするにつけ、私は义塾の文学部で学べたことを幸运だと思う。そこは良くも悪くも、私を放っておいてくれ、私が自分のやり方を贯いても村八分にしなかった。考えてみれば当然で、そこは村社会がそもそも存在しない放牧地だった。
とにもかくにも、武士成立论について、そこそこ筋の通った答えが出た。なぜか。私はこの问题を何が何でも突破して、1日も早く本来の研究テーマに戻らなければならなかったからだ。一方、専门家たちがこの问题を解けないのは、一生かけてこの问题と付き合うから、急いでいないからではないか。研究が进むかどうかは、「何が何でも今すぐ答えを、真実を知りたい」という切実な动机の有无で决まる。本书の执笔で、そんな洞察を得たと思っている。私はしばらくの间、この洞察を后进たちに口うるさく吹き込んでゆく予定だ。
桃崎 有一郎(着)
ちくま新书
356页、980円(税抜)
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。