执笔者プロフィール

宫代 康丈(みやしろ やすたけ)
総合政策学部 准教授
宫代 康丈(みやしろ やすたけ)
総合政策学部 准教授
画像:提供:庆应义塾福泽研究センター
おととしフランスで出版された『世界哲学史』には、「日本哲学」という章がある。さてどのようなことが书かれているかと本を开いてみると、明治初期の「最大の知性」として「庆应大学の创立者」福泽諭吉が登场し、政治システムやリベラルな精神、科学の彻底という点で西洋文明を高く评価した人物だと绍介されている。この绍介を読んで首をかしげる人はいないだろう。日本を「西洋流の文明富强国」にしたいという思いで「庆应义塾を西洋文明の案内者」にしたと语っているのは、ほかでもない福泽自身だからである(『福翁自伝』)。『文明论之概略』のページをめくっても、読者の心に残るのは、「断じて西洋の文明を取るべきなり」、「文明に非ざれば独立は保つべからず」などの力强いメッセージではないだろうか。加えて、相対的なものの见方や、状况を见渡すある种のリアリズムもまた印象深い。これらの点から见れば、福泽は、时势を见据えて西洋文明を理想とし、日本の近代化やネーションとしての独立を鼓舞した思想家ということになるだろう。
もっとも、刊行150周年を机に『文明论之概略』を読み返して、私が新たに心を惹かれたのは、そのような面ではない。今日なお新鲜に感じられるのは、むしろ时势や相対的なものを超える视点を福泽が持ち合わせていたことであるように思う。この视点がなければ、「文明には限なきものにて、今の西洋诸国を以て満足すべきに非ざるなり」という考えが思い浮かぶはずもない。西洋文明と日本文明のどちらにも尽きない文明というもの、つまりは文明の理念を福泽は抱いていたわけである。
文明とは何か。なんとも壮大な问いであるけれども、「文明の本旨」を论じる第3章では、「人の智徳の进歩」が文明であると説明されている。19世纪の歴史家であるギゾーやバックルの议论を下敷きにしたものだが、この定义は実のところ西洋文明を指すにすぎないのだろうか。もし仮にそうなのであれば、『文明论之概略』の歴史上の役割は终わったと言ってよいだろう。「今世界中の诸国に於て〔…〕、苟(いやしく)も一国文明の进歩を谋るものは欧罗巴(ヨーロッパ)の文明を目的として议论の本位を定め、この本位に拠て事物の利害得失を谈ぜざるべからず」。ところが、150年前の「今」は、我々が生きている今ではない。西洋に追いつくことが今も日本の喫紧の课题であるのかは定かでないだろう。また、福泽の生きた时代には、文明化の使命という大义名分を掲げて植民地化の蛮行を働いた国も西洋にはあった。そのような蛮行は、まさしく文明の名に反すると言い返した政治家も同国にはいたけれども、植民地主义の歴史を知る者にとって、文明という言叶を无顿着に受け入れるのはなかなか难しいはずである。
しかしながら、福泽にとって、「文明の本旨」は日本の西洋化に尽きるものではない。「この议论は今の世界の有様を察して、今の日本のためを谋り、今の日本の急に応じて説き出したるものなれば、固(もと)より永远微妙の奥蕴(おううん)に非ず。学者遽(にわか)に之を见て文明の本旨を误解し、之を軽蔑视してその字义の面目を辱しむる勿れ」。时势の议论に溺れて「永远微妙の奥蕴」や「文明の本旨」を见误ってはならないというのである。それに、文明というものは、人としての理想像というか、使命を指してもいるようだ。「文明は人间の约束なれば、之を达すること固より人间の目的なり」。「文明の太平」という「梦中の想像」も『文明论之概略』では描かれ、「文明の极度」に至れば、どんな政府も无用の长物になるはずだとさえ福泽は言い切っている。
もちろん、そのような理想郷が访れるのを座して待っていればよいわけではない。何よりも注目したいのは、现実を超えた理念に照らして、当の现実を批判し先导する福泽の态度である。时局に目を向けることは、多势に无势で、风见鶏よろしく方针を変える小器用さとは违う。现在のものごとを相対化し、现実を批判的に捉える姿势は、『文明论之概略』以降にも见られる。晩年の『福翁百话』では、「文明の円満は百千万年の后を期して今日に见るべからず」と语られている。宇宙という大海に浮かぶ芥子の一粒に地球を例え、人间をその芥子粒の上に生まれては死んでいく「蛆虫」のようなものと一旦は捉えてみせるのも、福泽の远望する眼差しのなせる业だろう。
ここで私が思い出すのは、天狼星(シリウス)の视点から见るというフランス语の言い回しである。この表现は、高みに身を置いて眺める大局的な见方や、偏りのない客観的な见方を意味する。福泽の文明観の一端は、この天狼星からの眺望になぞらえてもよいのではないか。もっとも、移ろいゆく时势と距离を取ることが、高みの见物に终わるとは限らない。それどころか、文明という高所に立つことを忘れなかったからこそ、福泽は时势を踏まえて果敢な判断を下せたのだろう。『文明论之概略』に改めて学ぶべきものは今、この姿势であるように私は思う。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。