执笔者プロフィール

蔵前 仁一(くらまえ じんいち)
その他 : 旅行作家塾员

蔵前 仁一(くらまえ じんいち)
その他 : 旅行作家塾员
僕が初めてインドを访れたのは1983年のことだったが、それから世界は大きく动いた。东南アジアは経済発展し、中东では纷争が激化し、中国は世界第2の経済大国となって、その様相はすっかり様変わりした。僕がこれまで主に旅をしてきたのは「第3世界」と呼ばれた国々だったが、そういった地域の変貌は実に激しい。
それではインドはどうだろう。もちろんインドも経済発展し、国民の平均所得は大幅に上昇した。IT产业も盛んで、多くの都市には地下鉄が整备され、全土に高速道路が建设されている。1980年代のインドと比较すると大変身を遂げている、と书きたいところだが、それがなかなか一筋縄でいかないところがインドだ。中国のように、都市が丸ごとすっかり変わっているとその変化はわかりやすいのだが、インドでは新しいものもできるが、古いものもそのまま残っていることが多い。特に田舎の农村部では昔の习惯や伝统が守られ、中世のような世界が残っている。
それは僕が旅を始めたころから感じていたことで、例えば、西ベンガル州の州都であるコルカタは今では地下鉄が走る现代的な街だが、イギリス植民地时代の建物が残り、今でも现役で使用されている。そこから隣りの州ビハール州へ行くと、电気も満足に通っていない泥造りの家々が并ぶ村が现れ、ときおり武装强盗団が出没するという。金を持っていそうな家は、武装集団から袭われて金品を强夺されるのだ。そのような武装强盗団が山中に根城をつくって潜んでいるというから、まるで中世だ。ビハール州では盗贼団の女亲分が犯罪组织から足を洗って、のちに政治家になっている。
僕は今でもインドを旅している。以前と较べると旅は快适になった。南京虫の出るような安宿はほぼなくなったし、インターネットのおかげで日本との通信も简単になった。物価は高くなったが、地下鉄やタクシーも利用しやすくなったし、新市街へ行くと、おしゃれなカフェができたり、ガラス张りの大きなビルが数多く建っていたりする。
だが、僕がよく行く下町の雰囲気は以前とほとんど変わらない。モダンな携帯电话の店ができたりはしているが、食堂やみやげ物屋や路上のチャイ屋などは昔から同じように存在する。歩いている人々だって服装が大きく変わるということはないし、旅行者に见える下町の风景に変化は少ない。
僕はこの十数年、インドの田舎ばかりまわっている。「アーディバシー」と呼ばれるインド先住民の村を访ね、彼らが泥の家の壁に描く絵を见にいっているのだ。先住民はインドでは身分が低い人々とみなされ、差别も受けるし、贫しい人々が多い。电気が通っていない村も多く、通っていても贫しさから电気を利用していない家々も多い。
ある先住民の村を访ねたとき、一轩の家に招かれ、住んでいる家の中を见せてくれたことがある。珍しいことではないが家は泥造りで、6畳ほどの小さな家の内部は电灯がないので昼でも薄暗く、中にあるのは寝具と锅、皿が2、3枚だけ。それが彼らの持ち物のすべてという贫しさだ。こういう生活は数百年前と同じなのではないかと僕には思えた。このような家がインドにはまだ无数にあるのだ。
だが、その一方で、先住民の村にも确実に変化は起きつつある。僕は壁画を见にいっていると书いたが、そのような壁画は泥の壁に描かれる。多くの先住民の家は泥で造られており、泥の壁に化粧土を涂って、その上に絵が描かれている。
だが近年、インド政府は泥の家をやめてレンガの家に住むことを奨励し、多额の补助金を出すようになった。またトイレの设置运动も全国的に行っている。これを机に泥の家は壊され、レンガの家がどんどん建设されつつある。住む人にとってはレンガの家の方が広く造れるし、手入れもずっと楽だという事情があるようだ。しかし、レンガの家にはもう壁画が描かれることはない。せっかく设置されたトイレはすぐに詰まって、人々はまた用を足しに森の中へ入っている。
インドは长いあいだ、よくも悪くも古くからの伝统を守り、あるいはそれに缚られ、近代化と伝统が混じり合って存在した不思议な世界だった。今でもその不思议さはかなり残っているし、それがインドの一种の魅力だといってもいいだろう。电気も车もない泥の家が并ぶ村の风景は実に美しい。だが、同时にそれは贫困の风景でもあるのだ。
さすがのインドも、国际化が进み、インターネットが発达する时代になると、最も贫しい层である先住民や街を往来するリキシャ夫でさえ携帯电话を利用するようになっている。田舎から出稼ぎにやってきた贫しい労働者が、田舎の家族に电话できるようになったのだ。インドの近代化は今后ますます加速されていくことだろう。「不思议なインド」が消灭する日もそう远くない将来かもしれない。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。