执笔者プロフィール

萩原 隆次郎(はぎわら りゅうじろう)
一贯教育校 幼稚舎教諭
萩原 隆次郎(はぎわら りゅうじろう)
一贯教育校 幼稚舎教諭
庆应义塾幼稚舎には、モホーク?デイキャンプ、ドラゴンスクール?エクスチェンジ、英国サマースクール、プナホウスクール?エクスチェンジの4つのスクール、交流プログラムがあり、その中で庆应义塾が古くから関係を筑いてきた学校が、ハワイのプナホウスクールである。
1841年创立のプナホウスクールは、今年で184年目を迎える。幼稚园年长から高校3年まで、毎日同じ1つの敷地に通う私立学校としては全米最大の学校で、その生徒数は约3800人になる。
庆应义塾と交流を始めたのは、福泽先生の令孙であり戦时中は幼稚舎の主任(现在の舎长)も务められた清冈暎一先生で、1969年に第1回の交流を始めている。パンパシフィックプログラム(通称笔笔笔)と呼ばれたこのプログラムは、高校段阶の交流として、塾高?女子高?志木高とプナホウの高校生が互いの家に1カ月半ホームステイするエクスチェンジプログラムであった。パートナー同士の交流は、うまく発展すると生涯の亲友となる。それは私の妻が女子高时代に笔笔笔に参加し、今でも毎日のようにパートナーと连络を取り合って、毎年のようにハワイと日本の互いの家を行き来している姿を见ていると痛感する。
笔笔笔は50周年の节目を迎える直前に、両校における制度変更の兼ね合いで意见の相违が生じ、残念ながら途絶えることとなったが、丁度そのタイミングで幼稚舎が小学校段阶のエクスチェンジとして姿を変えながら関係を継続することになった。高校段阶での交流断絶が决定していたその里で、现地でプナホウ侧の国际交流责任者とうまく関係継続をアレンジしてくれたのは妻のパートナーであったジョアン?ミヤモト氏であった。30年前の笔笔笔で出会った绊が、途絶えそうになった両校のバトンをギリギリで繋いだことになる。このことは、前学园长のジェームズ?スコット先生からも改めて感谢の意を直接述べられたことがあり、清冈先生の信念と热意が、时を超えていまだに生き続けていると肌で感じた瞬间であった。
幼稚舎の交流は3年の準备期间を経て2016年からスタートした。笔笔笔では英语力の强化?议论を大前提としながら、国际的な社会意识の育成が期待されていたが、幼稚舎は年齢が10歳?11歳と圧倒的に低いため、英语力の强化は二の次。その一方で、言语を超えた感覚的な心のコミュニケーションが、ほんの数日の间に凄まじい势いで醸成されていく。子供だけが持つ特殊能力とでも言うのか、国を超え、人种を超え、言语を超えて短时间で亲友になるその姿は、大人が见习うべき人间交际术と言えよう。
歴史の上という観点では、别の意味でモホーク?デイキャンプも挙げておきたい。モホーク?デイキャンプは、庆应义塾ニューヨーク学院が开设されなかったら、创设されていないだろう。このプログラムはニューヨーク学院の学年が切り替わる夏季、谁もいなくなった寮に幼稚舎生が寝泊まりして生活する。平日は、学院を出てスクールバスで15分ほどの场所にあるモホーク?デイキャンプという场所に毎日通って参加する。ここでは现地の子供たちが大势通ってくるので、スポーツや游びを通して昼间だけ交流し、夕方学院に戻ってくる。
このプログラムはニューヨーク学院の至近にたまたま现地のデイキャンプがあり、空いている学院の寮を幼稚舎が使うことができたという、地理的条件と施设利用条件がうまく重なり合って创设されたプログラムである。庆应义塾がニューヨーク学院を开设したことで芽吹き、30年かけて大きく発展したと言える。
「庆应义塾の歴史の上に」という観点で今回はプナホウとモホークを绍介したが、幼稚舎では冒头に述べた4つのプログラムに加えて、ニュージーランドをはじめ、新たなプログラム开発が复数検讨されており、今后の幼稚舎国际交流のさらなる発展が楽しみである。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。