执笔者プロフィール

驹村 圭吾(こまむら けいご)
法学部 教授
驹村 圭吾(こまむら けいご)
法学部 教授
実は、小生、塾高校长を务めたことがある(2012~13年)。否、敬意と夸りを込めて「庆应义塾高等学校长」と申し上げるべきであろう。在任中、多くの感动を与えてくれた塾高、そのご縁とご恩がある以上、甲子园に駆け付けないわけにはいかない。初めは初戦の対北陆高戦だけと考えていたが、结局、决胜戦を含めて东京と大阪を合计4回往復してしまった。酔狂がすぎたのか、台风と新干线の全面マヒに祟られ、大阪に3泊するはめになった。ゴーストタウンと化した新大阪駅が一夜にして帰宅困难者で溢れかえるさまを目撃し、107年振りの甲子园优胜を味わえた夏。2023年8月は忘れられない思い出となった。
グラウンドでの热戦についてはもはや赘言を要しないが、グラウンドの外で展开された「もうひとつの热戦」についても记録しておきたい。
首藤聡史主事(特别教育活动担当)、野球部関係者とりわけ星野友则?马场祐一両副部长らは、球场での人流管理、救护活动、そして大会券の调达?管理まで文字通り奔走された。スタンドでは常にタブレット片手に业务に専念され、试合を観戦する余裕などなかったと思われる。热中症すれすれで声を张り上げ続けた应援指导部のリーダーたち、现场で动线が衝突しないようマスコミ取材阵とせめぎあいつつ、応援秩序を见事に维持した应指翱叠部员たち。塾高は出场校中唯一の男子校であるが、バトン部を派遣してくれたのは“朋友”の女子校である。吹奏楽団は重い管楽器を响かせ、太鼓を连打し続けた。彼ら彼女らは、文字通り、火伤しそうな炎天下で、玉のような汗を流してくれた。
庆应大阪シティキャンパスは、次々に追加される试合日程に応じて、早朝深夜にかかわらず施设を开放し、大会券とメガホンの配布を敢行された。塾高职员、叁田会関係者、应援指导部と多様な関係者が错综し、仕切るのは大変だったと思う。
野球部員、応援関係者、一贯教育校生、津波のように押し寄せる塾員等々から成る、あれだけの大人数の動線を見事にコントロールし、その裏を支えた義塾関係者の尽力なくしては、甲子園での快進撃は実現しなかった。ここで言及できなかった方たちも含め、関係者各位に心から感謝と敬意を表したいと思う。ありがとうございました!
甲子园駅改札前の人混みで近づいて来る3人组がいた。闻けば、私が校长だったときの塾高生だと言う。よく覚えていてくれたなと感动。その后、彼らと梅田で祝杯をあげたのは言うまでもない。