执笔者プロフィール

山口 彦之(やまぐち ひこゆき)
その他 : 有限会社空也代表取締役文学部 卒業2003文

山口 彦之(やまぐち ひこゆき)
その他 : 有限会社空也代表取締役文学部 卒業2003文
当店「空也(くうや)」は、现在は银座6丁目の并木通り沿いに店を构えておりますが、元々は明治17年に上野池之端で开业した菓子屋で、私で5代目、今年で140年になります。店名の由来は、初代が関东空也众の一员で、空也上人のお名前を顶き屋号と致しました。
私はこの店の长男に生まれ、幸运にも庆应义塾に学ぶ机会に恵まれ、大学卒业后は流通小売业で経験を积み、菓子製造の実务を経て家业を継いでおります。「良い素材を使い、材料の风味を生かし、あまり手を加えない」ものづくりの信念やアナログな商売のスタイルは、私が物心ついた40年前から変わりません。
そんな长闲(のどか)な店に、令和2年4月7日、激震が走りました。新型コロナウイルス感染症拡大による紧急事态宣言が発令され、世の中が静まり返りました。银座も例外ではなく、行き交う人や车もなく、右を向いても左を向いても街の端から端まで见渡せる景色は初めてで呆然としました。通りで営业している店もわずかに6轩ほど。その内の1轩が空也でした。
殆どの饮食店や百货店が休业を余仪なくされる状况でしたが、営业を続ける判断に迷いはありませんでした。その决断を后押ししたのは庆应义塾で学んだ2つの教えでした。
1つは幼稚舎で习い福泽先生诞生记念会でも合唱した「福泽諭吉ここに在り」です。上野の山で官军による戦いが始まった际、福泽先生が芝新銭座で授业を続けた様子の歌ですが、紧急事态宣言による混乱の中でも、当店の菓子を必要としている人がいるならば、私も菓子屋として菓子を作り続けようと固く决心しました。
もう1つは私が在籍した庆应义塾高校野球部での教え。上田诚前监督が掲げた部训の一説。「男は危机に立って初めて真価が问われるものだ。(后略)」「エンドレス(いつまでもやってやろうじゃないか)」。私は部员、大学生コーチとして计7年在籍しましたが、その间の経験で、简単には諦めない粘り强さを育みました。これが不安に押し溃されそうになったコロナ祸でも心を强く持ち続ける础となりました。
创业150年は目指しません。ご挨拶や帰省のお土产、冠婚葬祭の引菓子として大切な场面でお使いいただける限り、その想いに寄り添い良いお菓子を作り続けたいと思います。その积み重ねで151年目を迎えられたら嬉しい限りです。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。