执笔者プロフィール

岸田 匡启(きしだ まさひろ)
その他 : 唐津焼作家文学部 卒業2006文

岸田 匡启(きしだ まさひろ)
その他 : 唐津焼作家文学部 卒業2006文
ふと入った美术馆の絵の前で、立ち止まり、周囲の音が消える。
自分が絵を见ている、のだが、絵が自分を见ている、または、絵を见ている自分を自分の目が上方から见ている。かと思えば体がふわっとして、自分が踏んでいるフロアの下から、絵を见ている自分を、自分の目が见ている。
そこで自分が何かに感动しているらしいことに気づき、自分が何を感覚しているのか、自分が自分の感覚を彻底して见つめる时间が始まる。
美术品にかかわらず、何かに感动した时、谁でも一度は感じたことのある感覚かもしれません。いわゆる「陶芸家」として奇跡的にそれが生业になっている今でも、このように「自らの感覚を感覚すること」こそ、すべての出発点であり、目的地でもあるのだと度々感じます。
文学部の美学美术史学専攻を卒业し、研究室付きの事务职员としても2年间、义塾にお世话になった后、24歳の时に突如、陶芸の道に入ろうと决意し唐津にて5年间修业。のち独立して现在10年目を迎えます。
普段は唐津の山から土や石を採取し、それを手ずから精製し、粘土や釉薬にし、それを成形、施釉し、薪窑、登り窑で焼く、という桃山时代と本质は変わらないような仕方で器を作っています。茶器、酒器、花器、食器などを桃山时代の唐津焼の様式を使いながら制作し、わずかに自分の解釈やニュアンスを加えるということが普段の私の仕事です。
作家业としていわゆる「伝统工芸品」を作るということは、「オリジナルな模造品」を作るというやや倒错した仕事であり、少しでも気を抜くとマンネリや模倣作业に陥るという怖い仕事でもあります。
これに対抗する术は、自分の作ったものを明彻に见つめ、どこが生き生きしていてどこが死んでいるか、自分が自分の器のどこに感动しどこに感动しないか、自身の感覚を腑分けし、次の制作を方向付けていくことの中にしかありません。
今の自分にとっての命纲ともいえる、「自らの感覚を感覚する感覚」、この感覚を养ったのはいつだったろうかと思いだす时、不安と期待の中で宙づりであったからこそ自由であった、日吉や叁田に通った时间が心に浮かび出されるのです。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。