执笔者プロフィール

菱田 雄介(ひしだ ゆうすけ)
その他 : 写真家経済学部 卒業1996経

菱田 雄介(ひしだ ゆうすけ)
その他 : 写真家経済学部 卒業1996経
平壌に初めて降り立った日、空港から街へと続く车窓の景色を眺めながら、自分は时间旅行をしているのではないか? という気がした。农作业を终えて帰路につく农民、歌いながら集団で帰宅する子どもたち。金日成主席への忠诚心や军国主义がもたらす光景は戦前の日本の延长线上にあるように见えたのだ。
板门店を访ねると、军事境界线の向こうに韩国侧からやってきた観光客の姿が见えた。ここからバスで1时间も走ればソウルだ。そこにはスタバもあればマックもある。同じ民族が全く别の価値観で国を作り上げていることへの强烈な「违和感」。
この感覚をもとに、僕は「border | korea」というプロジェクトを始めた。北朝鮮でポートレートを撮り重ね、韓国でも同じような年齢、属性のポートレートを撮影し、併置して見せる。新生児から幼稚園児、学生、結婚式、軍隊、中年、高齢者、バス、地下鉄、水平線……被写体は多岐に及び、僕は8年間で北朝鮮に7回、韓国に10回ほど通って1冊の写真集を作り上げた。
まず反応してくれたのは沢木耕太郎氏だった。彼は自身のラジオ番组でこの作品について「その最大の衝撃は、2枚の写真の相违性ではなく、同质性だった」と语ってくれた。写真は作者の意図を超えたイメージを読者にもたらす。相违性だけでなく同质性に目を向けられたことで、この写真集の世界観は広がった。
その後「border | korea」は国内外の新聞や雑誌で紹介され、ドイツのテレビ局でも取り上げられた。個展も東京で複数回行われたほか、韓国でも気合いの入った展示をしてくれた。北朝鮮情勢の劇的な変化も、作品への注目を後押ししてくれた。
僕は学生の顷、「庆应自然に亲しむ会」というサークルで旅の仕方を覚えた。2年生で北海道、3年生でヨーロッパを回った僕は、4年生の时にシルクロード横断を行い、バスと电车を乗り継いで北京からイスタンブールまでを旅した。「旅とは热病のようなものだ」と沢木氏は书いているが、僕の热病もまだ、冷めそうもない。シリア难民を追ってヨーロッパを横断し、ロヒンギャ难民を访ねてバングラデシュに赴き、最近は「イスラム国」のその后を见るためにイラクを再访した。この世界に感じる「违和感」の正体を确かめるため、僕はこれからも现场を访れ、何かを撮り続けていくのだと思う。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。