执笔者プロフィール

能祖 将夫(のうそ まさお)
その他 : 北九州芸術劇場プロデューサーその他 : 桜美林大学教授その他 : 詩人文学部 卒業昭58文

能祖 将夫(のうそ まさお)
その他 : 北九州芸術劇場プロデューサーその他 : 桜美林大学教授その他 : 詩人文学部 卒業昭58文
四半世纪ほど前の话だが、日本全国で日々行われている演剧公演の何%が东京23区内でのものだったかご存じだろうか? 「レジャー白书虫27;96」によると、なんと70%にも及んでいたという。これが东京一极集中による文化格差でなくて何であろう。では何故か? やりたい人も観たい人もみんな东京に集まっていて、仕事も市场も东京にしか存在しなかったからである。
さすがにこれではマズイと、2001年に制定された「文化芸术振兴基本法(昨年「文化芸术基本法」に改正)」や12年の「剧场?音楽堂等の活性化に関する法律」では、日本のどこに住んでいても文化芸术に触れられる権利が謳われた。そんな流れの中、北九州芸术剧场は03年にオープンした、その名の通り北九州市が设置した公共ホールである。私は縁あって、この剧场でプロデューサーを务めさせていただいてきた。
私が主に手掛けてきたのは「地域に立脚した作品づくり」を目指して、地元の俳優を起用した舞台や、市民参加型の創造事業である。「地元」と言っても北九州市内という狭い範囲ではなく、福岡県、あるいは九州エリアだ。地元にも演劇を志す者や続けたい者は多い。大学進学等をきっかけに東京へ出て行く者も多いが、地元の大学に進んで演劇と出会う者も一定数存在する。卒業してからも、主にはアルバイト等、時間が自由になる仕事を選んで演劇活動を続けているが、これは東京でも同じだろう。違うのは、絶対数の違いによる競争(凌ぎ合い)の少なさである。だから駄目だ、という人もいるが、私はむしろいいのではないか と思っている。人との競争を好まない人もいて、地域に留まる人には、もしかしたらその傾向が強いのかもしれない。むろん、東京への反発心も含めて、「地域愛」も強い。
私が最近、改めて気づいたのは、一旦东京に出たもののUターンして来た人の中には、东京での生活に疲れたり、竞争で伤ついたりした人も多いということだ。そういう人が、东京での演剧経験を活かしつつ、地域で再び舞台活动を始めるとしたら、とても素敌なことであるし、剧场はそのための场でもありたい。
东京はやたらとギラついているが、北九州はキラキラと煌めいている。それは地域を爱し、地域に立つ人间の煌めきであり、剧场はそんな人々が集う温もりの宝箱なのだ。
※所属?职名等は当时のものです。