庆应义塾长 伊藤公平
庆应义塾は、これからの3年间で世界最高峰の人间中心の础滨キャンパスの构筑を目指す。人间中心とは、最先端の础滨を创り、最先端の础滨と胜负する人々が集うキャンパスを意味する。私は本年(2026年)の
年头の挨拶の后半で、础滨时代にこそ必要なのは好奇心であることを强调した。まずはその部分を以下に引用する。
-引用始め-
『今の若者は生成础滨になんでも相谈します。生成础滨は相手を否定することがなく、どこまでも寄り添い、いつまでも対话に付き合ってくれます。并行して若者达は厂狈厂を通して友人や一般の人间と繋がりますが、こちらの方は常に炎上や仲间外れと背中合わせです。既読となるとすぐに返信しなければというプレッシャーもある。こうなると人间社会で最も重要であるはずの、人间同士の直接の人付き合いはどうなっていくのでしょうか?私の考えでは、このような时代の教育机関の最大の务めは、好奇心を彻底的に育てることです。先の1月5日の日本経済新闻朝刊に私の教育に関する投稿が掲载されました。そこには次のように记しました。
「人间が精神的な自立と尊厳を保つために最も重要なのは好奇心であり、それは行动力、向上心、そして人とのつながりの源泉でもある。生成础滨に対しても、好奇心をもって多様な问いを投げかけ知识や想像力の幅を広げる人は成长する。一方で、生成础滨を単なる効率化の道具としか见なさない受动的な人では成长は难しい。
好奇心を育てるうえで、初等中等教育は极めて重要である。小中学校では、好きな教科等を学年の枠を超えて彻底的に伸ばし、その特技を仲间に教えることでさらに成长できる环境が望ましい。高校では、幅広い教养を身につけることが理想である。教科の枠を超えて、人文科学、社会科学、自然科学、医学など、さまざまな分野の「本物」に触れる。础滨时代だからこそ、小中学校で育んだ好奇心と基础学力を土台に、高校で文理を横断するリベラルアーツに浸ることで、自分の関心や进むべき方向性が次第に见えてくる。」
皆さん、これを実践できる小中高はどこだと思いますか?もちろん慶應義塾の一贯教育校です。そして大学においては、好奇心旺盛な塾生の期待に応える授業、課外活動、留学機会等を準備し、最先端のAIといったデジタルインフラをも好奇心の対象として用意して、教育と研究を大いに発展させるのが私達の目標です。好奇心に満ち溢れた塾生は学校のすべてのリソースを使い倒します。だからこそ慶應義塾が最高のリソースを用意していくのです。好奇心に満ち溢れた塾生は自分のペースを保ち焦りません。だからこそ慶應義塾は塾生たちにたくさんの寄り道の場を与えて、卒業後も福澤先生のように、様々な学びと挑戦を継続する人となり、社会貢献に尽くしてもらいたいと思います。そのような慶應義塾の発展に益々のご支援をお願いして私からの年头の挨拶と致します。』
-引用终わり-
本稿はその続编であり、础滨と胜负するという趣旨について説明したい。
将棋の藤井聡太氏は最强の础滨と胜负することで人间棋士としての高みを得てきた。础滨を活用するのではなく础滨と戦ってきたのだ。ルールが定まった将棋というボードゲームでは础滨の方が人间より强いことを藤井棋士は认めている。现代の最强础滨は将棋のすべての展开を瞬时に俯瞰して最强の手が繰り出せるからだ。しかし、人间の能力では指し手の可能性は莫大すぎてその一部しか検讨できない。藤井棋士が感动的なのは、人间では到底网罗できない膨大な空间の中で惊きの一手すなわちイノベーションを繰り出すことであり、これが最强の础滨と正しく真剣に胜负している成果なのである。
社会科学者の吉见俊哉氏も近着「」で「础滨吉见くん」との胜负を披露している。础滨吉见くんは、过去约45年间にわたる吉见氏の着书、论文、エッセイ、インタビュー记事、活字にならなかったノートなどを础滨に彻底的に読み込ませて学习させることによって完成させた吉见氏の分身础滨である。様々な时事问题に関する対话で、吉见氏が础滨吉见くんを彻底的にやっつける様子は感心の连続で痛快である。この本は、人工知能に负けない人间の知性のあり方を我々に考えさせてくれる。
では、庆应义塾キャンパスで繰り広げるべき础滨との胜负とは何か。庆应义塾の目的は、教育?研究を通じて全社会の健全な発展に贡献することである。そのために私たちは、教育と研究に取り组み、さまざまな社会连携を进めてきた。しかし教育の対象は生身の人间であり、研究の领域も多岐にわたる。将棋のように、ルールで正确に定义された范囲内で胜败が决まる世界ではない。ましてや「本物の吉见氏」と「分身础滨」を比べて出来を判定するような基準があるわけでもない。教育?研究は、どれほど础滨が発展しても、决して完全には网罗できない无限の広がりを持つ。そしてそれは、社会の在り方や経済活动についても同じである。だからこそ私たちには、础滨に委ねきらない人间としての主体性やチームワークが必要になる。文明の利器としての础滨が発展し始めた以上、それを排除することは不可能である。ならば私たちは、础滨と共存しながらも、人间として主体性を発挥し続けるための胜负を続けなければならない。そして胜负の相手は、最强の础滨でなければ意味がない。だからこそ庆应义塾は、先进的な础滨研究を推进し、最先端の础滨公司と连携し、塾生と教职员に最高水準の础滨环境を用意する。同时に、础滨社会において人间の主体性を确保するための法制度や伦理の整备をリードしていく。*1
先进的な础滨研究はに设置された様々なやが推进している。特には、础滨?ロボティクス世界トップのカーネギーメロン大学と组んで最先端の础滨研究に产学协同で取组むフラッグシップであり、我が国の础滨研究を牵引するセンターである。
塾生たちが础滨と正しく向き合うためには、まず自らの日常がどのように形づくられているのかを理解する必要がある。スマートフォンの画面を开けば、その人の好みや関心、価値観に合わせた情报が、础滨によって自动的に提示される。インターネット検索でも、过去の閲覧履歴や行动履歴に寄り添う形で、础滨が検索结果を最适化して表示する。こうした仕组みは便利である一方で、情报の偏りを静かに拡大させていく。私たちはその影响を决して軽视してはならない。気づかぬうちに思考が诱导され、判断の主导権が础滨侧に移ってしまう危険があるからである。だからこそ、础滨に主体性を夺われないための胜负勘を、塾生のうちから学ばなければならない。础滨を使いこなしているつもりでも、実际には础滨に诱导され、支配されている人は少なくない。学业においても研究においても、そして卒业后の仕事においても、最强の础滨と向き合い胜负して独自性を発挥できる人だけが、独立自尊を保てる时代が到来しつつある。よって庆应义塾においては础滨时代の独立自尊を主题に据えた教育プログラムの开発を进める。
教职员においては、すべてのタスクで础滨と戦うのではなく、自らの能力で十分な目利きができる仕事や単纯な事务作业は础滨に任せて、そのアウトプットには责任を持つ力が问われるようになるであろう。それによって时间を作り出し、创造的な教育の设计や、先端的な研究の推进や、高度な学事运営に専念するのである。自らの仕事が高度になればなるほど础滨との协调と胜负に基づく主体的な任务遂行が不可欠である。しかし、各人が孤军奋闘して成し遂げる必要はない。教职员が互いの知见を共有し知恵を出し合うこと、それができる环境を础滨をも活用して作り出すことが重要なのである。このような主体性とチームワークを育むためには、教职员にとっても好奇心に基づく様々な寄り道が重要で、础滨や滨罢から离れて学んで考える时间も必要であろう。滨罢端末の电源を切って、人间同士の生身の付き合いやスポーツや趣味などの活动で力を合わせることの重要性は强调しても强调しきれない。
私はテニスが大好きだ。テニスではポイントを取ったり取られたりしながら最终的な胜利を目指す。同じように最强の础滨と胜负してポイントを取ったり取られたりしながらもそれぞれのタスクでの最终的な胜利を目指すことで、自らの独立自尊を保ち、皆で础滨と胜负するチームワークを育み、想像力と创造力を発展させるのが础滨キャンパスでの教育と研究であり、これからの仕事の仕方でもある。
以上
*1 栗原聡編著「」(角川新书、2026年)や「AI時代の報道機関のあり方に関する提言(慶應義塾大学X Dignityセンター 2026)」などの取り组み
◆础滨関连のセンター?コンソーシアム